雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

イタリア語

『舞いあがれ』と、その「リドンダンツァ」をめぐって

ひさしぶりに朝ドラのことを書く。FBには上げていたんだけど、今回の『舞いあがれ!』はなかなか素敵だ。開始からぼちぼちメモをとっていたんだけど、気がつけばもう第6週で、その名も「スワン号の奇跡」。 いや奇跡なんて起きないのですよ。でも奇跡だなと…

ブラゼッティ『Peccato che sia una canaglia』短評

1954年の作品。日本語にすれば「悪い女で残念だ」ぐらいの意味だろうか。2001年のイタリア映画大回顧祭では『女泥棒とは残念』のタイトルで公開されているけれど、日本語のソフトが出ていないなんて残念。 監督のアレッサンドロ・ブラゼッティ(1900…

朝カル横浜「ナンニ・モレッティの世界」... 話してきました!

朝日カルチャーセンター横浜では、このところ「イタリア映画の今」と題してお話しさせていただいています。今回(朝カル横浜 2022/10/22)は「ナンニ・モレッティの世界」。幸いにも無事終了。おいでになっていただいた方、ありがとうございます。 ちょうど…

ブラゼッティ『Un'avventura di Salvatore Rosa』(1939)短評

RHV のDVDは、タイトルもだけれど内容も充実していて満足度が高い。また、IBS はぼくがよく利用するサイトだけど、ここも仕事が早くてうれしい。 Un' avventura di Salvator Rosa - DVD - Film di Alessandro Blasetti Avventura | IBS このタイトルについて…

ブラゼッティ『Nessuno torna indietro』(1943-45)短評

ブラゼッティ祭り。 ほとんど誰も見ていない幻の映画。RHVが発掘しDVDとして届けてくれた。これは感謝しかない。なにしろ泣けた。いやほんと。よくできている。あの時代に、こんな女性の自由と自立を歌いあげる物語を撮っていたなんて。 ラブストーリーだ…

トレッカーニの新機軸:ネコは雌から「ガッタ、ガット」、医者も女性から「メディカ、メディコ」...

www.ilpost.it トレッカーニのイタリア語辞典が新機軸を打ち出すそうです。これによると男性形の名詞や形容詞には、その女性形が併記されます。併記はアルファベット順で、例えば「友人」なら「amica, amico」、指揮者なら「direttore, direttrice」のように…

ブラゼッティ『Contessa di Parma 』短評

イタリア版DVD(RHV)。1937年4月公開。日本未公開。「Contessa di Parma」の意味は「パルマ公爵夫人」。 舞台はトリノ。イタリアが国際連盟から脱退し、経済制裁を課せられているころの話。そんな時代のファッション業界で、「パルマ侯爵夫人」と呼ばれる…

ブラゼッティ『La tavola dei poveri (貧者の食卓)』(1932)短評

#ブラゼッティ祭り イタリア版DVD(RHV)。イタリア語ブックレット(22頁)付き。イタリア語字幕あり。RHVのシリーズは良心的。古典をしっかり伝えようとしている。 さて、アレッサンドロ・ブラゼッティ(1900 -1987)の『貧者の食卓』は、『Terra madre…

デ・アンドレの『サンド・クリーク川』を訳してみた

ずっと気になっているファブリーツィオ・デアンドレ。なぜだか今朝、彼のこの曲が流れてきた。彼が歌っていたのではなく、別の誰かが歌っていた。気になって調べれば、デアンドレの『Fiume Sand Creek』だと知る。 「3度目を閉じたのにまだここにいる、おじ…

朝カル横浜「トルナトーレの世界」で話せたこと、話せなかったこと

yasujihp.wixsite.com 昨日この話をしてきました。ぼくが映画のセミナーをやるときは、少し深く掘り下げたい映画や作家がいるとき。今回はトルナトーレのドキュメンタリー『Ennio』(2021)のイタリア版BDが届いたこともあり、そのあたりを掘り進めたいと…

短評:Le miserie del signor Travet (1945) di Mario Soldato

ニーノ・ロータ祭り。マリオ・モニチェッリのドキュメンタリーで紹介された作品。そのなかで監督のマリオ・ソルダーティが、この映画と音楽のニーノ・ロータについて、こんなふうに語っている。 『Le miserie del sigonr Travet (トラヴェット氏の苦悩)』…

短評:Il birichino di papà (1943)

ニーノ・ロータ祭り。アメリカ留学から帰ったロータが、最初に映画の音楽を書いたのがマタラッツォのデビュー作『Treno popolare(庶民列車)』(1933)。それから10年、ロータは音楽に打ち込み、最初はターラント、ついでバーリの音楽院で教師をしながら作…

戦争・ストーリー・そしてワイン

戦争はストーリーから始まる。戦争とはストーリーの戦いでもある。どこにいて、どの言葉で、どのストーリーを聞くか。それによって戦争の姿が変わる。 たとえばイラク戦争(2003-2011)。それは大量破壊兵器を隠し持っているというストーリーから始まった。…

イタリアの映画、映画、映画...

今年はイタリア映画のことを話しまくります。なにしろ、2月18日に日伊協会のオンラインセミナーで「パゾリーニ100周年」を話し、3月5日には新宿朝カルでヴィスコンティ(7)、おなじ3月に話すはずだったモリコーネの三回目は、例の「小人19」のおか…

またしてもロダーリ: "Chi comanda?" を訳してみた

どこかの誰かがやりたい放題をしているからだろうか、またしてもFBにジャンニ・ロダーリの文章が流れてきた。ロダーリは、かつてどこかの独裁者がやりたい放題をやらかした時代を生き抜いた人。もちろん、どんな独裁者も「やりたい放題」をやらかすためには…

「キエフの月」と「独裁者」、ジャンニ・ロダーリを訳してみた

今年になって初めてのブログになる。2022年の年頭は、ベッペ・フェノッリョの書評を書き、パゾリーニの生誕100年のセミナーをやり、それから最後のヴィスコンティと題して、ダンヌンツィオの『イノセント』の映画化の話をした。 そうこうしているうちに、プ…

親父とお袋、それから介護と虐待の向こう側へ

ある作家とある評論家のツイッターでやりとりが目に入りました。「ケア」のなかに「虐待」を読み取った評論家に、作家が「虐待」とは書いていないと反論する構図のようでした。このおふたりは、冷静にやりとりをされ、互いに落とし所を探しておられた。ツイ…

光と硝酸銀と亡霊たち

日伊協会で『イタリア映画の夜明け』と題したセミナーの第一回を終えた。知っていることを話すセミナーじゃなくて、ぼくの知りたいことを話すセミナーだ。知りたいことを話すためには、知りたいことを調べなければならない。だから調べてみたいとして「イタ…

追悼バッティアート、"La cura" (1996) を訳してみた

フランコ・バッティアートが逝ってしまった。享年76歳。病気だったと公言していたけど、なんの病気かはわからない。だから誰もがその死を予感していながら、生きている姿があたりまえだと思っていた。どこか樹木希林を思わせる飄々とした覚悟、もしかしたら…

ネコと絶対音感と人類学的マシン

www6.nhk.or.jp 今朝テレビつけたら養老孟司さんが話していた。 「人間と違って動物は言葉をもたない。なぜか。すべての動物は絶対音感なんです。みなさんが例外なんです。私が「ネコ」というのと、司会者の女性が「ネコ」というのと、音の高さが違う。違う…

"La storia" (Francesco De Gregori, 1985)を訳してみた

イタリアの4月25日は「解放記念日」。人気司会者ファビオ・ファツィオの番組「Che tempo che fa」では番組のなかで「感謝を口にする勇気」というビデオを作成して放送した。 "Il coraggio di dire grazie"Durante lo speciale sul #25aprile di @fabfazio de…

「剥き出しの生とワクチン」... 訳してみた

アガンベンの『私たちはどこにいるのか?』のことはすでに紹介した。そこでのエッセイはすべて、Quodlibet 社のサイトに掲載されたもので、その最後の章「恐怖とはなにか?」(2020/7/13)の後も、アガンベンは執筆を続けている。最新版のエッセイが、今月の…

アガンベンの『私たちはどこにいるのか? —— 政治としてのエピデミック』をめぐって

ジョルジョ・アガンベン 『私たちはどこにいるのか? —政治としてのエピデミック』 高桑和巳訳(青土社、2021年) 4月5日に購入。 こんなにすらすらと読めるアガンベンがあっただろうか。しかも、読み始めたら目から鱗がボロボロと落ちてゆく。「私たちはど…

朝カル新宿「ヴィスコンティとは誰だったのか」(1)と(2)

2020/9/12 朝カル新宿、「ヴィスコンティとは誰だったのか(1)」 ひさしぶりの対面式でしたが、フェイスカバーはどうにも嫌なので、結局はマスクをつけて喋ることに。ときどき息が苦しくなりましたが、それでもリモートとは違う高揚感に後押しされて言葉が…

Quaquaraquà って誰のことだ:シャーシャの『真昼のふくろう』をめぐって

レオナルド・シャーシャの『真昼のふくろう』(竹山博英訳)を借りてきて読んだ。 実は、この小説を原作にした同名の映画を見て(日本未公開でテレビ放映されたときの邦題は「マフィア」)、おもわず原作の "Il giorno della civetta" にざっと目を通したの…

ダリダの『バン、バン!』(1966)訳してみた

youtu.be きっかけはカナダのグザヴィエ・ドランの『胸騒ぎの恋人』(2010)を見たから。 filmarks.com このなかで使われているイタリア語版の『バン、バン!』が実に見事に使われていたので、どうせなら歌詞を訳してみようと思ったしだい。 歌詞のプロット…

映画でヴェネツィアを旅してきた

朝日カルチャー立川の「映画で旅するヴェネツィア」、昨日、無事終了しました。COVID19 騒動のなか、マスクを付けておられる方がほとんどで、しかも遠方から来るはずだった友人が、社命により移動できなくなったとの連絡もあったりもしましたが、比較的多く…

ゾンビと免疫と来るべき共同体

ちまたでは、まだまだウイルスの話でもちきり。ローマの音楽院ではアジア人のレッスンがキャンセルされたとか、どこかの国の生物兵器ではないかとか、アメリカの対応に比べて我が国ときたらという嘆きとか。そんなおり、娘とウイルスの話をしていて、興味深…

コロナウイルス雑感

東京でもマスクが売り切れているといいます。311のときミネラルウォーターが店頭から消えたことを思い出しますね。あのときは放射能汚染でしたが、今回はコロナウイルスがひき起こしたちょっとしたパニックというわけです。 放射能とかウイルスとか、ぼく…

パゾリーニ「俗世の詩、1962年6月21日」を訳してみた

のんびりした日曜日、風呂から上がってさあ寝ようというとき、FBの投稿でふと目に飛び込んできたパゾリーニの詩。冒頭の「1日中修道士のように働いて、夜は野良猫のように彷徨って愛をもとめる」という部分にハッとしてしまう。 ここにはパゾリーニその人…