雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

ゼフィレッリ『Camping』(1957)短評

24-172。ゼッフィレッリ祭り。イタリア語音声、スペイン語字幕。フランコ・ゼフィレッリの監督デビュー作。1957年イタリア公開、日本未公開。

 1950年代末のロードムービー。ヴァカンス映画としてはルチャーノ・エンメルの『八月の日曜日』(1950)の延長線上にあり、ある意味でディーノ・リージの『追い越し野郎』(1963)の先駆けでもある。

 夏のヴァカンスの季節。ヴァレリア(マリサ・アラシオ)は恋人のタオ(パオロ・フェラーリ)とキャップ旅行を計画する。まさに原題の "Camping"。「キャンプ場」はイタリア語では「 Campeggio」。しかしそこは「Campeggio turistico internazionale」(国際観光キャンプ場)。だから英語で「Camping」なのだ。

 日常生活から遠く離れて休暇を楽しもうというのだが、母親は彼女のボーイフレンドを信用していない。だから兄のニーノ(ニノ・マンフレディ)が一緒に行くことを条件にする。どうやら母親は息子を溺愛している様子。溺愛されたからか、なんとも頼りないニーノ。ヴァレリアのボーイフレンドも勝気なヴァレリアに押され気味。

 ともかくも、押されっぱなしの兄とボーイフレンド、そして圧倒的に勝気でグラマーのヴァレリアの3人の旅が始まる。しかし車で移動するはずだったのがサイドカーとなり、ホテルではなくテントだということに、ニーノは乗り気がしないが、ヴァレリアの勢いに押し切られる。

 ここからがロードムービー。どうやらローマからスポレートの方向に向かっているようなのだが、途中で自転車レースと遭遇し弱々しいサイクリストを助けると、キャンプにぴったりの場所を見つける。一泊して目が覚めれば、そこはなんと一般人が立ち入り禁止の軍の演習場。ところがヴァレーリアは将軍に気に入られて、うれしそうに演習を見学。タオとニーノは彼女がいないことに気づき、探し回るのだけれど、演習に巻き込まれて大慌てのドタバタ喜劇。

 軍の演習場にパンツ一枚で紛れ込む姿は、たしかに笑わせる。けれども、考えてみれば、ローマ近郊に生まれたニーノ・マンフレーディも、フィレンツェが故郷のゼッフィレッリも、どちらも、ナチ・ファシストの占領下のイタリアで、山に逃げ込みレジスタンスとして戦った経験がある。戦争が終わって12年もたてば、こうやって笑えるとも言えるし、笑い飛ばしながら乗り越えようとしているとも言えるのだろう。

 戦場から出た3人は、山の上の古い町(チェーリで撮影されたらしい)でボッチャで遊ぶ男たちと出会うと、町の祭りに参加することになる。ニーノとタオは大いに酔っ払って帰りが遅くなる。残してきたヴァレーリアを心配するのだが、なんのことはない、村の若者たちをしたがえてゲームの真っ最中。それは、後ろ向きになって脇から出した手のひらタッチした男を当てて、そのほっぺたを引っ叩くという遊び。引っ叩かれた男たちは、キャッキャキャッキャの大はしゃぎ。そっと近づいて、手のひらではなく彼女お尻を引っ叩くニーノ。彼女から張り手を返されるのがタオ。周りの男たちは大騒ぎ。そんな村から逃げ出す3人。

 ようやく国際キャンプ場に到着。そこはドイツ語や英語が飛び交う場所。ヴァレリアはすっかり有頂天。夜はダンスパーティ。ヴァレリアは外国の男たちに誘われるままに踊りまくる。それを嫉妬まじりの目で眺めるボーイフレンドのタオ。いっぽうでニーノは、日系アメリカ人の娘と出会う。英語を話す彼女。彼は英語がわからない。それでも何とか名前を聞き出せば、ミキスキ(Kaida Horiuchi)と名乗る。わかったのはそれだけ。それでも美しい彼女にニーノはゾッコン。少し映画のわかるタオに助けを求めるのだが、タオがミキスキと親しげにしているところをヴァレリアに目撃されて大騒ぎ。

 おもしろいのはイタリア語だけではなく、日本人のミキスキの英語やドイツ語やフランス語が飛び交うところ。ゼッフィレッリは英語が堪能で、レジスタンスとして戦っていたころは、北上してきた連合軍に合流し、通訳として働いたこともある。タオを演じるパオロ・フェラーリも映画が話せる。ブルッセル生まれのイタリア領事の息子なのだ。けれども、ローマっ子のニーノはそれほどでもない。まさに、俳優たちの生き様が、物語に反映されているというわけなのだろう。

 それにしても、このミキスキを演じたカイダ・ホリウチという人物は誰なのだろう。当時のタブロイド紙にはアジアの魅力として取り上げられたりしている。1960年にマリオ・カメリーニの『Via Margutta』に出演したときのものなのだろう。

 さて、魅惑的な東洋美人のミキスキが絡んだドタバタで、ヘソを曲げたヴァレーリアはひとりで帰ると言い出す。男ふたりは無理に違いないとたたを括って置いてゆくのだが、あろうことか彼女はちゃっかりとヒッチハイクに成功、タオのバイクが故障して立ち往生したところに、オープンカーでモンテカティーニの温泉に向かうフィレンツェ訛りのナンニ(リーラ・ロッコ)とフランツ(フランチェスコ・ルツィ)と一緒にやってくる。やむなくオープンカーに引いてもらって温泉に行く3人。

 こうして舞台はモンテカティーニ温泉となる。そこはまさにハイソな社交クラブ。フランツに口説かれるヴァーレリア、心配そうに見守るタオ、美しいナンニにぞっこんのニーノ。すったもんだの挙句、タオはフランツに一発喰らわせて、ヴァレーリアを取り返す。最初は言うことを聞かないじゃじゃ馬のファレーリアにも、平手で一発。それを見たニーノは、これぞ愛の証とばかり大喜び。ナンニに抱きつくと平手をくらわされて、これも愛の証と誤解するのが笑いどころ。いやはや。

 この映画、ゼフィレッリの映画というよりは、ニーノ・マンフレーディとパオロ・フェラーリの映画。原案もこの二人。ヒロインには、当時のセクシーシンボルのマリサ・アラシオ、ミス・チネマのリーラ・ロッコ、東洋の美女のカイダ・ホリウチというキャスティング。

 でも考えてみれば、恋の鞘当てだからシェークスピア劇とかオペラ好きのゼフィレッリ好みとも言えるのかもしれない。

 

 イタリア語版の全編はここで見ることができる。スペイン語字幕付き。

https://m.ok.ru/video/1266214570697

 

アルジェント「動物3部作」のこと

 

 なんという僥倖。こいつを3本まとめて暗闇で鑑賞できるなんて。

 

 じつはパンフに短い原稿を寄せたので、この3本を見直しました。見直してみると、これがやっぱりすごいのですよ。いろいろ発見もあったし、時代もあるのだろうし、でもアルジェントがやっぱりすごいのです。

 

 動物三部作というのはイタリア語のタイトルに「鳥 uccello 」「猫 gatto 」「蝿 mosche 」が入っているから。そう思って見直してみると、なるほどデビューからの3本にはつながりがある。そして、その後のアルジェントの映画を暗示している。いやじつに面白い。

 

 ということで、三部作の予告編に続いて、ぼくのメモをおいておきます。ご笑覧。

 

www.youtube.com

 

filmarks.com

filmarks.com

filmarks.com

 

エリオ・ペトリ『L'assassino』(1961)短評

YT。24-163。マストロヤンニ祭り。

 大収穫。冒頭から引き込まれる。夜明けに帰って来る男(この男は夕方より明け方が好きなのだ)。車をメカニックに託すと階段を登り、部屋に入る。壁には高そうな絵画。ジャケットを脱ぐ。シャツはピンとしているし、ネクタイ姿もきまっている。椅子に腰を、レコードに針を落とす。手には一輪のバラ。匂いを嗅ぐと同時に部屋にサックスの響きが広がる。ピエロ・ピッチョーニのジャズが画面の雰囲気を一変させるとオープニングタイトルが浮かぶ。白抜きの文字で「マルチェロ・マストロヤンニ」。1962年の公開作。『甘い生活』の成功で世界的なトップスターなのだ。

 カルロ・ディ・パルマのカメラがそのマストロヤンニを追う。ルッジェーロ・マストロヤンニの編集がテンポよくリズムを刻む。その兄のマルチェッロはますますフォトジェニックにタバコを咥え、高そうな服を優雅に脱ぎながらバスタブに湯をはる。香りを確かめて湯気のなかに落とすのはバスパフュームか。滑らかな手の動き。バスに浸かって体を伸ばしたところで電話が鳴る。手を伸ばせばそこには白い電話。恋人からの電話。

 なんというイントロ。タイトルの「L'assassino」は「人殺し」の意味だから、この男は殺し屋なのか。そう思わせたところで、アパートの玄関に警察たちがやってきている。管理人の女が驚きながら男の部屋へ通じるエレベーターを示す。あれで上がれば直通ですよ。ここから何が起こるのだろうか。男の逃走劇が始まるのか。

 警察がエレベーターで上がってくれば、この男は平然として、仏頂面の男たちを招き入れる。朝からのお客はめずらしいのですよ。おや警察の方ですか。なるほど警察署にもアンティークがあればよいですよね。家具なら任してください。よいものがあります。マストロヤンニが演じる男の名前はアルフレード・マルテッリ。高級アンティークの商人なのだ。

 もちろん警察がアンティークを買いに来たわけではない。任意同行を求められたアルフレードは、警察手帳をチェックし令状を求める。そんなものはない。それでもすべて規則通り、心配はいらない。それなら行かないと言い張っても無駄。結局は警察署に連れてゆかれる。なぜ連行されたのか。何が起こっているのか。説明はない。まるでカフカの『審判』だ。冒頭でヨーゼフ・Kの身に起こることそのままではないか。

 こうして物語は出口のない迷宮に入ってゆく。カメラが追うのは、困惑して苛立ち始めるアルフレードの姿。やがて警察分署長パルンボ(サルヴォ・ランドーネ)が現れる。どうやら昨晩、殺人事件があったという。アルフレードはその容疑者のひとりだということがわかってくる。なにしろ殺されたのはアルフレードパトロンでも愛人でもあるアダルジーサ・デ・マッテイス(ミシュリーヌ・プレール )。昨晩あった逢瀬のことを追求されるアルフレード。フラッシュバックに映し出されるのは、彼が彼女の愛人であり、どんなふうに振る舞っていたかか。そして今朝方の電話が、ほかの若い女性ニコレッタ(クリスティーナ・ガヨーニ)であり、婚約をしていたことなどが浮かび上がってくる。

  

 アルフレードは重要な容疑者。抑留され取り調べが続く。家にも帰れない。檻房で過ごすことになるのだが、そこに別の殺人事件で逮捕された容疑者のパオロ(P. パネッリ)とトーニ(T.ウッチ)が入ってくる。このいかがわしいふたりがよい。まるでカフカの登場人物。だから警察の回し者でもあるかのように、アルフレードを精神的に追い詰め、自白するようにそそのかし、さらにはほとんど強要するまでにいたる。その不条理。カフカ的な世界。

 

 エリオ・ペトリのデビュー作。ペトリはそれまでジュゼッペ・デ・サンティスのもとで映画を学ぶ。もともとはジャーナリスト志望だが、映画のにも憧れていた。だから評論家から始める。記事を書き少しずつ業界に近づきながら、脚本の仕事を得て、うやがて32歳という若さで監督デビュー。修行時代にデ・サンティスに脚本を書いた『恋愛時代』(1954)で友人となったマストロヤンニを主演に迎え、ペトリという映画作家の未来がつまった不条理ミステリーがこの『L'assassino』なのだ。

 原案に協力したのはトニーノ・グエッラ(このころは本名のアントニオ・グエッラとクレジットされていた)。脚本にはペトリとグエッラに加えて、パスクワーレ・フェスタ・カンパニーレやマッシモ・フランチョーサが参加するとじつに緻密な物語を作り上げる。警察や監獄はカフカ的な迷宮であると同時に、かつてファシズムの時代の暗い権力がまだ生き残っているかのように感じられるし、主人公のアフルレードがじつのところ成り上がりのブルジョワもどきで、虚栄と腐敗のなかを泳いできた人物であることが浮かび上がってくる。

 ブルジョワ的な虚栄と腐敗。フェリーニが描いた『甘い生活』の延長にあって、表面上は煌びやかだが、裏側では不吉な事態が進む。たとえば殺人事件。しかしジャッロではない。血も見せない。犯人はやがて判明する。証拠のようなものが示される。アンティークの時計のネックレス。被害者が身につけいた時間が決めてとなるという。だが疑問は残る。ほんとうにそうなのか。カメラが追いかけてきたのは、監獄の中にとじこめられて精神的に追い詰められてゆくアルフレードなのだ。自白するほうが楽だという誘惑に負けそうになる男の姿なのだ。どこかで白状したという男は、ほんとうに犯人なのか。

 印象に残るのがフランス人のマジシャンであるマック・ロネ(Mac Ronay)。橋の上で車に轢かれかけた男の役で登場。死んだかと思ったら目を覚ます。野次馬になって車をとめたアダルジーサとアフルレードだが、よくある酔っ払いだなと決めつける男に、女は心配だから追いかけてとせがむ。お金をあげようという善意。その善意を鬱陶しそうに受けいれたふたりのクーペが男に追く。お金が差し出される。男は受け取らない。もとの橋の方にきびすをかえす。女が追ってと頼む。男はしぶしぶ追いかける。追いついたとき。男はすでに橋の下に横たわっていた。終わりにできたのだ。そんな自殺志望者を演じたマック・ロネはマスクが、時代の暗い闇の奥を覗かせて記憶に残る *1

 

 

 これは傑作だ。どうして今まで知らなかったのだろう。日本に紹介すべき。字幕つきで多くの人に見てもらいたい。マストロヤンニの演技の深さを堪能できるだけじゃない。音楽が良い。カメラがよい。編集がよい。古くならないテーマ。そしてなによりもエリオ・ペトリのデビュー作。

ペトリについては、いずれまとめたいと思うけど差し当たり観たものを挙げておく。

filmarks.com

filmarks.com

filmarks.com

filmarks.com

 

 『L'assassino』は全編ここで視聴化。ただしイタリア語版。

www.youtube.com

 

アマゾンでイタリア版のDVDを購入できる。比較的安い。

 

ピッチョーニのジャズの調べはこれ。

L'assassino (Titoli) [From
  • provided courtesy of iTunes

 

*1: ロネがエドサリヴァンショーに出演した時の映像があるので、備忘のためにここに貼り付けておく。

www.youtube.com