雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

ノガ・エレズ『ヴァンダリスト』を訳してみた

THE VANDALIST [BLACK ICE VINYL] - NOGA EREZ [Analog]

 

 ノガ・エレズはずっと気になっていたシンガーソングライター。最初に知ったのはネトフリの『ハート・オブ・ストーン』(2023)の主題歌「Quiet」だ。なんとも特徴的な音を聴かせてくれるのでチェックしていた。

 ぼくが映画を観たのは2023年の8月29日。ところが同年の10月7日、ハマースのイスラエル領内への奇襲攻撃開始から「パレスチナイスラエル戦争」が始まると、イスラエルからの大々的な反撃が始まりガザ地区の破壊の惨状に心痛める日々が続くことになる。

 ジェノサイドがとりざたされるなかで、ぼくはずっと好きだったガル・ガドットの映画や、ノガ・エレズの音楽から距離をとるようになる。ふたりとも、あのイスラエルの人であり、どちらも兵役についていたことが知られている。そのイスラエル国防軍(IDF)による蛮行が取り沙汰されるなか、正直、大好きだなアーチストたちに複雑な感情を抱かざるを得なかったのだ。

 それでもノガ・エレズの曲をちゃんと聞いてみようと思ったのは、ヴェネツィア映画祭でのイスラエル映画ボイコットがきっかけだ。パオロ・ソッレンティーノが、ガザでの殺戮に抗議を表明するのはよしとしながらも、イスラエルの映画をボイコットするのは違うと訴えていたのだ。映画は映画として招待し、作品として評価すればよい。その国の政府がやることに抗議するのはよいけれど、それとその国の映画は違う。

 たしかにそうだ。その国がどんな蛮行を働いたからといって、その国の人がすべて悪いわけではなく、ましてやその国で生まれた作品とは関係がない。たとえばファシズム時代に作られた映画がすべてプロパガンダだというようなものだ。かつてはそんな風潮もあった。たとえば「白い電話」はプロパガンダであり、ヴィスコンティはそれに抵抗して『郵便配達は2度ベルを鳴らす』(1942)を撮ったのだという言説。そんなことがあるものか。ブラゼッティだって平和を訴える映画、たとえば『鉄の王冠』(1941)を撮ったし、デ・シーカだって戦争の最中に『子供たちは見ている』(1943)を撮っている。そして、ファシスト政府の肝煎りで撮られたロッセリーニの戦争三部作(『白い船』『ギリシャからの帰還』『十字架の男』)だって、よくよく見れば、ファシズムプロパガンダというよりはむしろ、限界はあるものの、宗教的な博愛の理念を追求する作品となっていたではないか。

 そんなことを考えているとき、ふと聞こえてきたのがノガ・エレズの『ヴァンダリスト』(2024)だった。それまで国際的なヒットを飛ばしてきたノガ・エレズは、海外のアーチストたちとのコラボを考え、できればパレスチナの人々とも音楽を作りたいと表明したことがあったらしい。ところがひとたび「戦争」が始まってしまうと、そんなことをすれば中東情勢のコンテキストでは明確な政治的メッセージととられてしまう。もはや、一緒にみんあで平和の歌を歌おうなどというナイーブなことはできなくなっていたわけだ。

 それでも、ひとりのアーティストが自由な創造活動を制限されるなかで、それでもなおかつ創造を続けるにはどうすればよいのか。ノガ・エレズはきっと、みずからが置かれた状況のなかで、それにもかかわらず表現すること、そして歌うことに挑戦してみせくれたのだ。

 ぼくは、彼女の曲を聴きながら、その独特のリズムと旋律のなかで、彼女がいったい何を歌っているか知りたいと思った。そして調べてみれば、そこにはじつに誠実で、知的で、戦略的で、なおかつ政治的なことばが散りばめられているではないか。

 なによりもタイトルがよい。ヴァンダリスト(Vandalist)とは「破壊者」のことだが、それはヴァンダル人(vandal)ではなく、ヴァンダリズム(vandalism)という破壊行為を連想させる。ぼくたちが、放浪生活から抜け出し、集住するなかに生み出した文明(civiltà)を、外から、あるいは内側から破壊する行為がヴァンダリズムであり、その一人ひとりがヴァンダリスト、つまり破壊者なのだが、それはいったい誰なのか。誰が自分はそうではないと言えるのか。実のところ、わたしたちはわたしたちが作り上げてきたものを、自分自身の手で壊しているのではないのだろうか。もしそうだとすれば、わたしたちはどうすればよいのか。

 ぼくは彼女の詩のなかに、そんな自分自身への真摯で厳しい問いかけを聞いたような気がする。

youtu.be

 以下に訳出してみる。

【イントロ:ノガ・エレス、ルッソ】
レディーズ&ジェントルメン
(ヴァンダリストはすごい言葉)
(ご紹介できて光栄です、それは)
(ザ・ヴァンダリスト)

Ladies, gentlemen
("Vandalist" is a tremendous word)
(Such as, it's my pleasure to present)
(The Vandalist)

 

【ヴァース1:ノガ・エレス】
片目を開けて眠るのよ 靴を履いて眠るのよ
レディーズ&ジェントルメン
あんたたちのせいでほんと狂って見えちゃうの
ジョーカーになる夢を見た
あたいの笑顔は傷跡なのよ

レディーズ&ジェントルメン
あんたたちのせいでほんと狂って見えちゃうの

I sleep with one eye open, my shoes always on
Ladies, gentlemen
You really got me looking mad
I dream to be the joker
My smile is a scar

Ladies, gentlemen
You really got me looking mad (Uh)

 

【ヴァース2:ノガ・エレス、ルッソ】
おっと、パックマンみたいに切り刻まれちゃった(何だって?)
まっててね、バットマンみたいに戻って来るから(バット)
マイクチェック、あたいがマッドマンのネタなのよね
レディーズ&ジェントルメン、おかげで狂って見えちゃうわ
おっと、あんたたちの記事に1行書き忘れちゃった
クリックベイトをクリックしてよ、あたい ネットに拡散されるから
ボットとサイコたちをひきつれて現れるから

レディーズ&ジェントルメン(つかまっちゃったわ)

Oops, you cut me up like a Pac-Man (What?)
Back up, I come back like a Batman (Bat)
Mic check, I'ma scoop for the madman
Ladies and gentlemen, you got me lookin' mad
Oops, I forgot a line in your article (I)
Click on the clickbait, I go viral (I)
Coming up with the bots and the psychos

Ladies and gentlemen (You got me)

 

【プレコーラス:ノガ・エレス】
あたいがここにるのはお金のため
そうよ、ともだちはみんな紛いもの
生活費が払われれば文句なし

あんたたちがヒットしたいのは誰か教えてくれりゃいいのよ
あたいのヒットリスト そんなに長くならないはずよ
この歌を歌える限りはね

あなたたちのこと 捻りをきかせて書いといた
わたしからはおしまい あんたたち戸締りしとくのよ

I'm only here for benefits
Yeah, all my friends are counterfeits
My bills are paid, I'm down for it

Just tell me who you want to hit
My hit list won't be getting long
As long as I can sing this song

I wrote you in just for the twist
I'm done, lock your door

 

【コーラス:ノガ・エレス】
(アーハ)ヴァンダリストみたいにやって来る
(アーハ)「うまく処理してくれなきゃこまる」と言うけれど
自分の履いてるナイキがいったいどこから来るか
知ったこっちゃないのが あんたたちよね(スウィッシュ)

(アーハ)ヴァンダリストみたいにやって来る
(アーハ)でも自分たちで処理しようとは思わない(アー)
あの死体のすべてがいったいどこに消えたかなんて
知ったこっちゃないのが あんたたちなのよね
カマセ、かませ、ぶちかませ(おー)

(Ah-ha) Coming like a vandalist
(Ah-ha) They say, "You better handle this" (Ah)
They don't want to know 
where all their Nike's are from (Swish)

(Ah-ha) Coming like a vandalist
(Ah-ha) But they don't want a hand in this (Ah)
They don't want to know where all the bodies have gone
Busta *1, busta, bust (Ooh)

 

【ヴァース3:ノガ・エレス】
おっと、あたいったらメンタルがクリティカルじゃん(何だって?)
ポンポンと、メントスみたいに薬を飲んでる
大当たり、あたいの首には賞金がかかってる
だからあたい、眠るときは片目を開けて
心はずっと砕けたまま
履いてる靴がずっと歩き続けるの

Oops, I'm in a critical mental (What?)
Pop-pop, I pop pills like a Mento (Ment')
Jackpot, there's a price on my head now
So I sleep with one eye open
My heart is always broken
My shoes are always walking

 

【プレコーラス:ノガ・エレス】

【コーラス:ノガ・エレス】

【セリフ:ノガ・エレス】
(ヴァンダリストはすごい言葉)
(ご紹介できて光栄です、それは)
(ザ・ヴァンダリスト)

 

【ブリッジ:ノガ・エレス】
おっと、勝った思ってるでしょ
でもあたいはまだ、あんたたちに歌わせてるのよ
おっと、勝った思ってるでしょ
でもあたいはまだ、あんたたちに歌わせてるわ(ザ・ヴァンダリスト)

Oops, you think you won
But I still made you sing along, ah
Oops, you think you won
But I still made you sing along (The vandalist)

 

【アウトロ】
ポンポン(あたいのギャングをみんなつれお家におかえり)
ポンポン(あたいはおしまい)
ポンポン(ヴァンダリストみたいにやって来る)
ポンポン(どうやらセラピストが必要ね)
ポンポン(そしたらうまく処理できるかも)

 

Pop-pop (Go home with my whole gang)
Pop-pop (I'm done)
Pop-pop (Coming like a vandalist)
Pop-pop (I think I need a therapist)
Pop-pop (So I can better handle this)

 

THE VANDALIST [Explicit]

THE VANDALIST [Explicit]

  • Atlantic Records/Neon Gold
Amazon
Vandalist

Vandalist

Vandalist

Vandalist

  • provided courtesy of iTunes

 

 

 

 

*1: ChatGPT によれば、busta は to bust(壊す)から来た表現で、bust a move(キレのある動きをする)、bust a rhyme(ラップをかます)、bust a shot(発砲する)などの「bust a ~」が縮約されて名詞化したもの。1980–90年代のヒップホップ/ブラック・スラングで。荒っぽく、勢いで何かを「かます奴」とか「トラブルメーカー/無茶をする存在」というニュアンスが定着したという。

アントニオーニ、ヴィッティ、そしてドロン:『太陽はひとりぼっち』(1962)

 アラン・ドロンモニカ・ヴィッティの笑顔。『太陽はひとりぼっち』のワンシーンだけれど、この屈託のないふたりの太陽のような笑顔がエクリプス(日蝕)で消えてゆく。だからこそ、この輝きを移さなければならなかったのだろう。

 さて、土曜のセミナーが終わったので、ここに備忘のために記しておきます。話したことはすぐ忘れてしまうのですが、メモをつけておくと後で役に立ったりするのですよね。友人がアマゾンの自費出版とかやっているので、ぼくもやりたいなと思っているのですが、セミナーは文字になっていないのが大変。キーノートのスライドはあるのである程度はわかるのですが、数年前のスライドを見ると、なんの話だったか忘れていたりする。少しでもメモ書きしておくべきなんですよね。近頃では、AI搭載の便利なボイスレコーダーも出ているみたい。友人が使っているのですが、今かなり惹かれているところ。

 横浜ではイタリア映画の名作を一本づつ取り上げてお話ししています。元ネタは「保存すべき100本のイタリア映画」(1942年から1974年にわたりイタリアの集合的記憶を変えた100本の作品)のリスト。今回は、そこからミケランジェロ・アントニオーニの『太陽はひとりぼっち』を選んでお話ししました。

 日本版のDVDやブルーレイも出ているのですが、なんとフランス語なのです。これはこまる。ぼくがイタリア語を教えているからというのもあるけれど、そもそも舞台はローマ。そして主人公のピエロ(アラン・ドロン)はローマの証券取引所で働いている証券の仲買人。フランス語で話しわけないじゃないですか。

 でも日本では、ドロンのフランス語が聞きたいのだろうと配給会社は思ったのでしょうね。そして円盤を出している角川もそういうことにした。ブルーレイなのだからフランス語とイタリア語の両方を載せられると思うのだけど、その手間を惜しんだわけですよね。U-Next の配信も同じ。ドロンのフランス語を聞きたい人むけということなんでしょうね。そもそもタイトルの「太陽はひとりぼっち」は、ルネ・クレマンのヒット作『太陽がいっぱい』(1960)のもじりなわけです。

 でもまあ、そのおかげで日本ではそこそこヒットしたしい。イタリアでは評論家からは高い評価をうけたものの、一般的には難解だということで興行はふるわなかったといいます。どうして日本では受けたのだろう。あそこがゼン(禅)の国だからか、なんて言葉も聞かれるほど。ちがうんだよね。日本ではアラン・ドロン人気に便乗してヒットさせたんだよね。

 いやはや、そういうことでイタリア語版を手にいれるのにアメリカのクライテリオン版を買うことにったわけですが、これは名盤です。絵がきれいなのはそうだけど、エクストラが充実。Richard Peña のオーディオコメンタリーは参考になるし、60分のドキュメンタリー『Michelangelo Antonioni: The Eye That Changed Cinema』(2001)や本作についての20分のインタビュー映画『Elements of Landscape』では評論家のアロリアーノ・アプラーの的確な批評と、アントニオーニの友人カルロ・ディ・カルロの証言など盛りだくさん。

 加えて封入されたパンフレットには Jonathan Rosenbaum と  Gilberto Perez の評論に加えて、アントニオーニ自身のインタビューの英語抄訳が掲載されている。これがよいのですよ。アントニオーニの魅力をぞんぶんに深く楽しむことができるしかけ。そこにはたとえばこんな記述があるわけ。

Making a film is not like writing a novel. Flaubert once said that living was not his profession; his profession was writing. Making a film, on the contrary, is living— at least it is for me. While I am shooting a film, my personal life is not interrupted; in fact, it is intensified. This total commitment, this pouring of all our energies into the making of a film-what is it if not a way of life, a way of contributing to our personal heritage something of value whose worth can be judged by others?
[ Michelangelo Antonioni, 1962 ] 

 アントニオーニの「映画を作ることは生きることだ」(Fare un film per me è vivere)というのは有名な言葉なんだけど、これってフロベールを引き合いにしていたんだね。一応訳しておくと、こんな感じだろうか。

映画を作ることは、小説を書くこととは違う。フロベールはかつて「生きることは自分の職業ではない。自分の職業は書くことだ」と言った。しかし映画を作ることは、その逆に、生きることなのだ——少なくとも私にとっては。映画を撮っているあいだ、私の私生活は中断されるどころか、むしろ強められる。この全面的な関与、映画作りのために自分のすべてのエネルギーを注ぎ込むこと——それは何であるのか? 他者の評価にさらされうる、何らかの価値あるものを自分自身の遺産として残すひとつの生のあり方ではないだろうか。

 フロベールのような作家にとって、書くことは苦痛だったのだけど、書くしかなかったというのもあるでしょうね。生きるためには書くしかない。だから職業として書く。でも、生きるというのは別のところにある。あるいは失われている。ぼくはフロベールはよくわからないけど、そんな感覚なのでしょうか。

 これに対して映画は、ひとりで書けない。映画はみんなで撮るものだから、そこで生きることになる。アントニオーニはなにしろモニカ・ヴィッティとは私的な関係もあったわけだから、そういう意味でも映画を撮ることは生きることと地続きなのかもしれませんよね。

 でもそれだけじゃない。アントニオーニがここで言っているのは、職業的な映画のこと。映画というのは、このころにはある種のルールというか文法ができあがっている。たとえば、あるシーンを描くためには最初にエスタブリッシング・ショットから入る。つまりどういう場所にいるか全景を写し、窓を写し、それから部屋に入って登場人物の位置関係を明白にしてゆくわけです。そうやると、観客は映画を理解しやすくなる。そこに感情移入できる人物を登場させれば、あとはどんどん引き込まれてゆく。

 ところがアントニオーニはそういう職業的な映画は撮らない。そもそもドキュメンタリーを撮ることから始めた彼がカメラを向けるのは、生きている自分が目の前にしている現実。それこに生きている自分はどんなふうに入ってゆくか。何を見るか。何を聞くか。どう振る舞うか。だから映画の冒頭は、テーブルライトと並べられた本を映す。カメラがゆっくりと右へパンすれば座った男(リッカルド)が右前方を見上げている。その目が何かを追いかけているのだけど、すぐに下を向いてしまう。カットがかわるとカーテンに向かう金髪の女の後ろ姿。振り返れる彼女の目が泳ぎながら何かを見つける。ヴィットリア/モニカ・ヴィッティは下に視線を注ぎながら、なにかに興味を惹かれたような表情を見せる。カットが変わると、そこには何も入っていない木製の額縁。向こう側にはタバコが溜まった灰皿と不思議なオブジェ... 

 こういうスタートすることは当時の映画としてはやや無謀なのです。実験映画ならまだしも、職業人が撮る娯楽映画ではあり得ないもの。説明があってディテールに入るのではなく、なぞめいたディテールから始まるのは、言ってみればミステリーの手法。じっさいミステリーのように、兆候解読的なまなざしこそは生きているカメラであり、映画を撮ることは生きることだということなのでしょうね。

 ようするに、職業としての映画は撮らない。自分が映画を撮るのは生きることなのだというのは、そういうことなのかもしれません。

 興味深いのは、この兆候解読的な眼差しがとらえるものを解読するのは、ぼくたち観客に託されているということ。なるほど注意してみなおしてゆけば、ちりばめられた兆候が解読へと誘っているようです。

 それはたとえばリッカルドの窓の向こうに見える「フンゴ」(キノコ)と呼ばれる水道塔。その上部がレストランになっているのはローマでは有名なのだけど、知らないものにはまるで原爆のキノコ雲のように見えますよね。

 なるほど考えてみれば、タイトルクレジットの冒頭で流れるミーナの『エクリプス・ツイスト』が「放射能がぼくの慄かせる(La radioattività / Un brivido mi dà)と歌っていたし、主人公の消えたラストのシークエンスではバスから降りた乗客の広げた新聞には「核兵器の開発競争」「脆い平和」などの見出しが踊っていました。

 

 キューバ危機は1962年10月に始まりますが、この映画のイタリアでの公開は4月といいます。だから撮影が進められた時代は、まさに核の恐怖の時代だったのですね。そしてそんな時代を、アントニオーニの兆候解読的な眼差しが感じさせてくれる。そうだよねと仄めかしてみせる。娯楽映画ならば、しっかりにドラマじててにして浮き彫りにするところを、ただ仄めかすだけに終わるのですが、時代を生きるとは、そういう皮膚感覚のなかにあるということなのかもしれません。

 その時代ということで言えば、映画のなかで唐突にヴィットリア/ヴィッティがアフリカン・ダンスを踊るシーンかもしれないね。ここでもまた仄めかされているものがあります。それは明らかに1957年のガーナの独立でしょうね。指導者エンクルマ(クワメ=ンクルマ)がイギリスからの独立を勝ち取り、アフリカ諸国の独立に先鞭をつけたわけですが、ヴィットリアの隣人はそんな時代にガーナから帰ってきたイギリス人。だから、そこでドーランを塗ってヴィッティが踊ってみせるアフリカン・ダンスは、きっと彼女にとっては恐怖だったのでしょう。あの奇怪で唐突なダンスは、植民地時代の終わりにあって、植民地をあたりまえのように生きてきた時代の意味を考えるように、ぼくらを挑発しているのかもしれません。


 しかもです。このダンスを踊るヴィッティの役名はヴィットリア(Vittoria)は「勝利」を意味します。その「勝利」の不気味さに、このあとのシーンでヴィッティのヴィットリアは遭遇することになります。きかっけはガーナ帰りの女友達の家から逃げ出した犬を追いかけて外に出たこと。そこは夜の広場。不思議な音に誘われてゆくけば、そこは2年前にローマ・オリンピックの会場となり万国旗がかかげられたポールが立ち並んでいました。そのポールが風に吹かれて不気味な音を立てていたのですが、広場の真ん中に不思議な彫刻がある。それを見上げるヴィットリア。

 アントニーニはなんの説明もしてくれません。まあ、何かに出会うとき、説明なんてないのかもしれませんね。気になったので調べてみたのですが、それはエミリオ・グレーコ(Emilio Greco, Catania 1913-Roma 1995)という彫刻家の『La Vittoria Olimpica(オリンピックの勝利)』 (1960) という作品だそうです。なるほど、ヴィットリアがヴィットリアを見上げているという図式なのですね。しかもそこには、アフリカの植民地時代の終わりと独立運動という背景がからんでいる。

 なるほど1960年代のはじめとはそういう時代だったわけです。さらに言えば、実はヨーロッパでは1961年2月25日日蝕(eclisse)が観測されています。アントニオーニはその撮影をしたというのですが、そのときのフィルムが映画に使われることはありません。けれども、この経験が映画の背景にあったことは間違いありませんはずです。なにしろ映画の原題は「L'eclisse(蝕)」なのですから。

 この日蝕、あるいはエクリプスはラストシーンがそうですね。アラン・ドロンモニカ・ヴィッティ依代となった主人公ふたりの気持ちは、次第に育ってゆくと、喜びに溢れたものになりながらも、やがて唐突にわけもなく消えてゆまう。よっぱらいがアルファのオープンカーを盗んで池に飛び込んで命を落とすように、わけもなくなくなってしまう。

 おそらく同じものが、あのローマの株式取引所の熱狂ににもあったのでしょう。象徴的なのは黙祷のシーン。取引所に貢献したある人物の死をいたんで黙祷を捧げるところで、あの欲望の渦巻く喧騒のジャングルのような取引所が1分だけ静寂に包まれる。まさにエクリプス。そこでドロンが口にするのは、1分間でどれだけのお金が動くかというおと。時は金なり。けれどもその欲望の渦は、ときにふと「蝕」に覆われて隠れてしまう。その消えた瞬間があるからこそ、その正体が明らかになる。太陽が隠れたとき、その輝きの意味を知るように。

 証券取引所のシーンは、取引所が休みの日曜日にそこで働く人に参加してもらっての撮影だったといいます。だからあれは演技ではなくリアル。ドキュメンタリー作家らしいこだわりですが、そのなかにスッと溶け込んでいるアラン・ドロンの野生味もみごと。

 現代の神殿ともいえる株式取引所は、ローマのパンテノン近くにあるハドリアヌス神殿において、1802年、ローマで教皇庁によって設立されたものだといいます。それはヴェネツィア(1630年設立)とトリエステ(1775年)に次いでイタリアに3番目にできた証券取引所なのですが、1997年にはミラノの取引所へと統合されたといいます。現在では商工会議所になっているそうです。

 

*****

クライテリオン版。日本語字幕がなけれど、イタリア語で鑑賞するならこれ。英語字幕付き。

フランス語版。日本語字幕付き。配信もこれ。ぼくはがっかり。ドロンの声がききたい向きに貴重なのかも。

これ買いたいな。どうしようかな...

 

ロベルタ・トッレ『Mi fanno male i capelli』(2023)短評

 

RaiPlay. 25-117。

 ロベルタ・トッレは大好きな監督さんなのだけれど、近ごろは少しご無沙汰していたところ、この映画が Rai で視聴可能なのを知り、朝から観入ってしまう。

 タイトルの「Mi fanno male i capelli」はモニカ・ヴィッティミケランジェロ・アントニオーニの『赤い砂漠』(1964)のなかでつぶやく有名なセリフ。意味は「髪の毛が痛むの」。これに「gli occhi, la gola... 」(目が、喉が)と続く。目や喉が痛いのはわかる。けれど、髪の毛が痛むというのはナンセンスだから、当時のイタリアではずいぶん話題になったという。

youtu.be

 そんなタイトルを持つこの映画は、モニカ・ヴィッティという女優のドキュメンタリーのようでもあり、伝記映画のようでもある。ドキュメンタリーならインタビューや過去の映像を用いて構成される。伝記映画なら、モニカ・ヴィッティを演じる女優が登場して彼女になりきって演じることになる。ところが、ロベルタ・トッレのこの作品は、過去の作品(とりわけヴィッティの出演作)を引用しながら、アルバ・ロルヴァケルがヴィッティにそっくりなモニカと対面させるのだ。

 ロルヴァケルは女優のモニカ・ヴィッティにそっくりな姿で登場する。もしかするとヴィッティ本人なのかと思わせるほどそっくりなのだ。その彼女は記憶を失いつつある。それもまた、ヴィッティ本人がその晩年にレビー小体型認知症を患ったことを思い起こさせる。ロルヴァケルのモニカと、2022年に亡くなった女優のモニカが、最初はテレビモニターの映像を通して、やがて鏡のなかの妄想を通して対面すると、記憶を失いながらも記憶を失うことをめぐる会話を交わしてゆく。

 ロベルタ・トッレはこの映画をモニカ・ヴィッティに捧げたわけではなく、ヴィッティの記憶に関する言葉「わたし、ものごとはうまく忘れちゃいたいのよね、事実よりも感情のほうが大事だから」(io in qualche modo vorrei dimenticare, preferisco i sentimenti ai fatti)に触発されながら脚本を仕上げ、仕上げた脚本を作品にするため彼女の過去の映像を探索したという。つまり、ふつうのオマージュなら作品の体験が先にありそこからオマージュの作品へと進むところを、トッレの場合はヴィッティに触発された脚本がありそこから彼女の映画を発見していったというわけだ *1

 みどころは、ロルヴァケルのモニカが記憶を失いながら記憶を辿ることになる対話。その中心的な相手は、ミケランジェロ・アントニオーニの『夜』(1961)のマストロヤンニとモニカであり、『太陽はひとりぼっち』(1962)のドロンとモニカであり、『赤い砂漠』(1964)のモニカ自身だ(ここにはリチャード・ハリスが登場するけれど、彼との対話はない)。

 くわえて重要な対話の相手がアルベルト・ソルディ。日本でヴィッティといえばアントニオーニなのだろうけれど、じつはソルディとの共演も多く印象的なコメディがいくつもある。そのなかで最後に引用されるのが『Polvere di stelle(スターダスト)』(1973)。第二次大戦さなかの1943年のローマを舞台にレビューの芸人とダンサーを描く逸品。まさに、うしなわれつつある記憶を呼び戻すような作品なのだが、その作品をさらに引用することで、モニカ・ヴィッティが好んだ「感情(sentimenti)」が呼び戻されてゆく。

 それにしてもモニカ・ヴィッティは不思議な存在だ。2022年に訃報は覚えているのだけど、あれからどんどん気になる存在になってゆく。この人については、そのうちにまとめないとだめだ。そんな気持ちになってきた。

 

 Rai の映像はここ。登録しなければだめだけど、ぼくは観ることができた(2025.10.22現在)

www.raiplay.it

 

 安く出ていたのでクリック。DVD は持っているのだけれど、この映画は高画質で観ないとね。

 

 サントラを AppeMusic で発見。音楽は日本の梅林茂の手による。映像によりそうような美しいサウンドだ。

 

 ソルディと共演した『Polvere di stelle』 (1973) のHD 映像がYouTube にあがっている。まだ未見。消えないうちにみなきゃね。iBS には BD が出ていたけれど、そっちを買うかな。まずはこっちを観てからかな... 


www.youtube.com