雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

短評:デ・シーカ『Maddalena... zero in condotta』 (1940)

 デ・シーカ祭り。監督第二作。とはいえ単独で監督したこという意味では第一作といえるかも。というのも、第一作の『Rose scarlatte (緋色の薔薇)』では、ジュゼッペ・アマート(Giuseppe Amato)が共同監督をしたと主張。デ・シーカに言わせると、自分で監督したつもり。だからこの第二作目は、監督の技量を試す試験のようなもの。そしてデ・シーカはその試験に見事に合格したというのが当時の評価らしい。

 「白い電話」シリーズの多くがそうだったように、この作品も原作はハンガリーの戯曲で、1938年代の『Magdát kicsapják(Magda Is Expelled /マグダは放校された)』のリメークのようだ。オリジナルの映像は見つからなかったけど、スチル写真を見る限り、デ・シーカは女子商業学校の雰囲気を模倣している。舞台はローマのはずなのだけれど、どこか現実離れしているのは、おそらくそのあたりにポイントがあるのだろう。

 それでも、これがデビューとなるカルラ・デル・ポッジョのマッダレーナが溌剌としていて、見ているだけで元気になる。たしかに「素行は零点 ZERO IN CONDOTTA」なのだけど、悪いのはむしろ、口髭にメガネの堅物化学教師だったりするわけで、今でも通じる学園コメディの典型。だいたい教師ってやつはいつの時代も変わらないんだね。

 さらに女子生徒たちが個性的で楽しい。特筆すべきは、素直で少し間の抜けたお嬢さん聴講生エヴァを演じたイラセマ・ディリアン(Irasema Dilian)。それから優等生で告げ口屋のバルゲッティのパオラ・ヴェネローニ(Paola Veneroni)が、可愛い顔のおすましさんなんだけど、イケスカない同級生を演じて、よいメリハリをつけている。この女優さんソルダーティの『トラヴェット氏の悲惨』では娘の役で達者なところを見せてくれたっけ。

 それから、ヒロインの作文の先生エリーサを演じたヴェーラ・バーグマンが美しい。この映画のヒロインなんだけど、ドイツの人なのね。彼女をイタリア映画の主役に抜擢したのはデ・シーカで、みごとにその相手役を務めている。そのデ・シーカが演じるのは、ウィーンの大財閥の御曹司。とはいえ堅物でも青白いボンボンでもなく、なかなかのロマンチストで、いわば白馬に乗った王子様。

 物語が面白くなるのは、エリーサ先生が架空の人物にあてて書いたラブレターが、誤って投函されてしまい、デ・シーカの演じる御曹司の手に渡るところから。なにせロマンチストの御曹司なものだから(デ・シーカがやると説得力があるんだよね)、飛行機に乗って手紙の送り主を探しにやってくる。ところが、送り主だと思った相手を取り違え、その家族や、学校を巻き込んでの大騒ぎとなるという古典的な「取り違え喜劇」。

 大変面白いのだけど、現実とは少しばかりかけ離れているし、そもそも登場人物たちがそれぞれに個性的ではあるけれど、リアルではない。どこか現代風の古典演劇を見ているように感じさせてくれるところがよいところ。

 デ・シーカは、そのあたりの演出術をマリオ・カメリーニに学び、自分なりに高めてゆくわけだけれど、時代は1940年、第二次世界大戦が始まったところ。その意味でも、現実離れした喜劇だったはず。とはいえそれが、映画というものでもあるはずだ。戦争中であっても、観客は日常を離れて、夢を見たいではないか。だとすれば、カメリーニ/デ・シーカ流の軽やかで、古典的で、女の子たちが元気いっぱいの喜劇はぴったり来る。戦争が始まったときに、戦争や人殺しの話を見たくはないのだから。

 だからこそ、映画は大成功を収め、デ・シーカはカメリーニ流の喜劇を撮り続けることになる。しかし、それも『修道院ガリバルディ兵』(1942)まで。それまでずっと、わざとらしい作りものの世界に行きてきたデ・シーカだが、戦争のさなかに、違うものを描きたくなってくる。そして、その可能性を開いたのがチェーザレ・ザヴァッティーニだとの出会いであり、最終的にはふたりで脚本を書き上げた『子供たちは見ている』(1943)ということになる。

 イタリア語版のDVDは発売されているみたいだけど、現在は廃盤みたい。探せば見つかるかも。でもYouTube で全編を見ることができる。画質も悪くない。ただし日本語字幕はなし。こんなに面白いんだから、日本語版があっても良いと思うんだけどね。


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短評:Le miserie del signor Travet (1945) di Mario Soldato

 

ニーノ・ロータ祭り。マリオ・モニチェッリのドキュメンタリーで紹介された作品。そのなかで監督のマリオ・ソルダーティが、この映画と音楽のニーノ・ロータについて、こんなふうに語っている。

『Le miserie del sigonr Travet (トラヴェット氏の苦悩)』という作品は、自分の作品のなかでもたいへん思い入れのあるもので、ニーノ(ロータ)との仕事もうまくいったものです。わたしがニーノを見出したときの印象ときたら、もちろんそれは偽りの印象なのですが、まるで自分が映画の音楽を書いていると感じたのです。もちろん音楽を書いたのは彼です。それでも、わたしには自分が書いたように、自分で書いたような印象を持ってしまったのです。同じ印象をフェリーニも持っていました。フェリーニも、彼が音楽を書いたように思ったというのです。これは音楽家としては、すばらしい才能です。ほんものの音楽家が、映画の主題、俳優、物語、そして映画のなかにあるものに、かくも一体化するとき、監督は自分がその着想を与えたという印象をもってしまうのです。*1

それほどまでに、ロータの音楽が作品の意図を汲み取っているのかと思って検索してみると、なんと全編がアップされている。これはうれしい。

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さっそく拝見したのだけど、これがなかなかの出来。軽喜劇とはいえ、イタリア王国が統一されたばかりのトリノで、名誉ある王国公務員を務めるトラヴェット氏の、どこまでも報われない生活を描写してゆくのだけれど、悲惨さのなかに軽やかさを醸し出すのが、ニーノ・ロータの音楽なのだ。

IMDb によるとイタリアでの公開は1945年12月15日。ロッセリーニの『無防備都市』が同年の10月だからほぼ同じ時期。解放記念日が4月25日だから、映画を撮ったときは、北部ではまだレジスタンス闘争がくすぶっていたころ。

映画はローマで撮られたというが、スタジオにトリノの通りの一部を再現。雪化粧の街並み、それらしい内装のアパートにストーブを焚いて、北の寒さを感じさせてくれる。さらにはトリノの俳優を多く使い、セリフに独特のアクセントを散りばめて、雰囲気を作っている。

監督のソルダーティにとって、トリノを再現することは自由を取り戻すことだったという。だからこそ、トリノの文学者ヴィットーリオ・ベルセッツィオ( Vittorio Bersezio 1828 – 1900) *2 の同名の小説を取り上げ、数々の苦悩の後に平凡ながらも幸せの時が来るところを描こうとしたわけだ。

そんなトラヴェット氏を演じるのはトリノ生まれのカルロ・カンパニーニ(Carlo Campanini 1906 –  1984) 。その口癖が「Pazienza」(仕方ない)なのだけど、トリノ風の発音が耳に染みる。そういえば、この前見たマタラッツォの『Il birichino di papà』(1943)には、あの人の良さそうな貧乏弁護士の役で登場していたっけ。

次から次へと悲惨な思いをするトラヴェット氏だが、彼に幸せが訪れるのを助けるのが、氏の働く役所に新たな所長として就任したコメンダトーレで、演じるのはジーノ・チェルヴェ(Gino Cervi  1901 –  1974)だ。あのブラゼッティの『雲の中の散歩』で行商人を演じたボローニャ生まれの名優は、美男子でこそないけれど、幸せを運ぶ善良な上司の役にはうってつけだよね。

これに対して、トラヴェット氏の直属の嫌味な上司を演じるのがルイージ・パヴェーセ(Luigi Pavese 1897 – 1969)。アスティ生まれの役者で、サイレント映画のころからの俳優、舞台でも喜劇役者として活躍。そんなバヴェーゼの演じる上司がよい。上にはヘコヘコ、下には威張り散らすという典型的な公務員。ポマードをテカテカさせたムカつく男を、じつに楽しそうに演じてくれているから、こっちも楽しくなってしまう。

それにしても、彼のような公務員という名の魑魅魍魎の跋扈する場所で、真面目にコツコツ努めあげるものが損をするというのは、洋の東西を問わないのだろう。日本ならすぐに黒澤明の『生きる』(1952)の志村喬を思い出すけれど、イタリアにもこの時期、同じような作品があったっけ。1948年の『困難な年月(Anni difficili)』*3が同じような話。ただし、こちらはファシズムが台頭する時代から戦前にかけてのシチリアの話であり、トラヴェット氏の話はリソルジメントの時代のトリノ

そうそう、忘れてはならないのがアルベルト・ソルディ(Alberto Sordi 1920 –  2003 )。最初は、バルバロッティと名乗るけったいな兄ちゃんが出てきたなと思ったのだけど、よく見るとソルディ。痩せていて見間違えた。喋るわ喋る。女の子はすぐに口説く。ところが情にもろく、思いがけず誠実で、痛みに共感する力があるからか、たいへんなおせっかいやき。変は変だけど、実はいいやつ。なるほど、ソルディはこのころからソルディだったんだな。

 

*1:"Un amico magico: il maestro Nino Rota" (1994), di Mario Monicelli.  マリオ・ソルダーティの語ったイタリア語は次の通り:"Le miserie del signor Travet" è uno dei miei film che mi è più caro e credo che siamo andati più d’accordo con Nino. E quando io ho trovato Rota, ho avuto l’impressione, impressione certamente falsa, di essere io a fare la musica dei film. Era lui che faceva. Ma a me sembrava di essere io, che fa facessi io. Quest’impressione ce l’ha anche Fellini. Mi ha detto Fellini che gli sembra di essere lui a farla. Questa è la grande virtù del musicista. Quando il vero musicista si immedesima talmente nel soggetto, negli attori, nella trama del film, in quello che è in film, che il regista ha l’impressione di essere lui a dare l’idea. 

*2:

it.wikipedia.org 

*3:

 

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短評:Il birichino di papà (1943)

Il Birichino Di Papa' [Italian Edition]

ニーノ・ロータ祭り。アメリカ留学から帰ったロータが、最初に映画の音楽を書いたのがマタラッツォのデビュー作『Treno popolare(庶民列車)』(1933)。それから10年、ロータは音楽に打ち込み、最初はターラント、ついでバーリの音楽院で教師をしながら作品を書く。しかし、1940年にローマに移転した映画制作会社ルックス社からお声がかかり、1942年に再びマタラッツォの『Giorno di nozze』に音楽をつけ、その直後にこの作品で協力する。

1943年2月の公開。7月にはムッソリーニが失脚し、9月にイタリアは降伏、ナチスの支配に入る。そんな時期の映画なのだけど、これが実によくできている。プロパガンダどころか、マタラッツォ監督はこの映画の撮影の直後、徴兵を恐れてスペインに逃げているし、そもそも製作したルックス社が「芸術は芸術のために」という標語を掲げ、ファシズム体制のいう形にはならない映画会社なのだ。

その冒頭から驚いた。なんとミュージカルじゃないですか。怖がる獣医を乗せた場所の手綱を握るのが主人公のニコレッタ(キアレッタ・ジェッリ)なのだけど、その彼女が歌うのだ。冒頭の歌が「La canzone della calezza(馬車の歌)」。これがよい。


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イタリア語歌詞はこれ。

Trotta trotta senza sosta,
o bel cavallin,
fila fila il calessin, 
schiocca bene il mio frustin. 
Scivola la strada 
sotto il passo tuo legger: 
sempre volerem 
così finché vorremm!

[ritornello]
O sole d’oro, o campi in fiore,
quanta letizia m’empie il cor.
La dolce ebbrezza m’accarezza
e al soffio suo mi pare di volare.
Guardate tutti qua
come si fila ben
col cavallino e con un buon frustino. 
Io sono un cocchiere di qualità: 
basta uno schiocco, ogni cavallo va!

Le galline spaventate
svolazzando va:
ecco là un contadinel
che stupito sta a guardare.
Il calesse trionfante
sempre avanti va:
il suo traballare
nessuno potrà fermar.

[ritornello2]
O sole d’oro, o campi in fiore,
quanta letizia m’empie il cor.

Guardate tutti qua
come si fila ben

Io sono un cocchiere di qualità: 
basta uno schiocco, ogni cavallo va!

 

歌詞を見つけるのが大変だったのだけど、この論文*1からの引用。感謝。あとはグーグルさんとかアップルさんのAIに訳してもらってください。大意としては、「わたしは馬車を走らせるのが上手いのよ、どんな馬だって私のムチで走り出す」みたいな内容。

いや楽しい。この歌をラストでもう一度聞かせてもらえるのだが、同じ歌がぐっと素敵に聞こえちゃうわけだ。そこは脚本が良いのだろう。脚本家にはチェーゼレ・ザバッティーニの名前もある。

 

もうひとつ素晴らしいのがこの曲。やはりキアレッタ・ジェッリが歌ってくれるのだけど、ファシズムの時代にあって、寄宿舎の女学生によるプロテストソング。これをファシスト女子学生の歌ととらえるのは、ちょっと無理がある。というかイタリアのファシズムは、たぶんぼくらが思っているファシズムとは、少し違うのだ。これをファシズムへのアンチとかプロとか言う以前に、ある種普遍的な青春の歌だ。むしろ、女子学生たちのあいだに入った男まさりのニコラは、文学でも映画でも、ひとつのクリシェなんじゃないだろうか*2。そんなことを考えさせてくれる歌でもある。


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歌詞はこれ:

Per seguir la direttrice
la maestra se ne va,
e ci lascia finalmente
con un po’ di libertà. 
 
Questo tempo non perdiamo, 
profittiamo dei pochi istanti 
diventiam tutte cantanti
e gridiamo a tutto spian
 
Per la gioventù
ci vuole l’allegria
senza libertà
c’è solo malinconia, 
salti in quantità
con canti a profusion
danno ai nostri cuori
la felicità. 
 
Eppure io sono qui a languir
nessuna ascolta i miei sospir.
 
Bando al carcerier
abbasso gli aguzzini.
Noi vogliam goder
la nostra libertà. 

 

「校長に呼ばれた先生が、教室からいなくなったわよ。さあみんなで歌いましょう。わたしたちの自由を謳歌しなくっちゃね」みたいな内容。この映画のフランス語のタイトルは『寄宿学校の恐怖(La Terreur du pensionnat)』。なんだかホラー映画みたいだけど、話の内容は、姉が結婚したロベルトの母の公爵夫人が、女子寄宿学校を経営する校長だという話。ニコレッタの躾がなっていないので、ぜひ自分の学校にお入りなさいとなり、いやいやながらの寄宿生活で大騒ぎになるという、まあお決まりのコメディ。

おもしろいのは主人公の名前。ニコレッタ Nicoletta なんだけど、父からはニコラ Nicola と男の名前で呼ばれている。男の子が欲しかったらしいのだけど、名は体を表す、自由でお転婆に育って、いろいろやらかしてくれるわけだ。

原作はドイツの児童文学者ヘニー・コッホ*3の『Papas Junge (お父さんの息子)』(1905)。息子(Junge)はイタリア語で「birichino」(わんぱく小僧)と訳されているけれど、この「息子」あるいは「わんぱく小僧」、じつは女の子なんだよね。イタリア語で Nicola は最後の母音が《 -a 》で終わっているのに男の子の名前。女の子なので本当は Nicoletta というのだけれど、息子を欲していた父親がニコラと呼び続けているという設定。このあたり、ドイツ語ではどうなってるんだろうか。

思い出すのは、イタリアの児童文学『ジャン・ブラスカの日記』(1907-08)だろう。「嵐のような悪ガキのジャンニーノ」が主人公なのだけれど、これもまた悪ガキを矯正しようとする寄宿舎学校への反抗がテーマ。これはのちにリナ・ウェルトミューラーが演出しテレビ番組になっている*4。その時にウェルトミューラーが歌詞を書き、ニーノ・ロータが曲をつけたのが『トマトのパッパ万歳 Viva la pappa col pomodoro 』(1965)だというのは、偶然にしてはできすぎているかもしれない。

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*1:

www.academia.edu 

*2:ぼくが思い出したのは『修道院ガリバルディ部隊兵 Un garibaldino al convento』(1942)

*3:

en.wikipedia.org

*4:

it.wikipedia.org