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『Tempo massimo』(1934)短評:デ・シーカ&ミリー、そしてマニャーニ

Tempo Massimo [Italian Edition]

 イタリア版DVD。イタリア語字幕付き。24-39。マニャーニ祭り。これは面白かった。マニャーニの2作目。デビュー作『La cieca di Sorrento(ソレントの盲女)』と同じ時期だけど、マニャーニらしさが出ているのはこちら。

 タイトルの「Tempo massimo」はスポーツ用語で「試合や競技が行われる最大時間」、つまり「試合時間」や「競技時間」のこと。じっさいボクシングや、スキーの滑降、そして自転車競技が登場する。ところが主人公のインテリ青年ジャコモ・バンティ(ヴィットリオ・デ・シーカ)には、どれもがとんでもなく危険なこと。なにしろこの青年、アガタ叔母さんから健康に悪いことはすべて厳禁されている。だから酒もダメ、タバコもダメ、あげく大人になっても肝油を飲まされる始末で、スポーツなんてとんでもない。

 そんなもやし青年のジャーコモ・バンティが、次々と危険なスポーツに挑戦する羽目になる。そこが笑いどころ。だから映画の定番の「駅での別れのシーン」もなければ「ナイトクラブ」登場せず、「電話のシーン」もほんのわずか。それでも国産映画として、トップクラスの俳優たちが見事な芝居をしてくれますよというのが、映画の宣伝文句なのだ。

 ではこのインテリもやしの文学青年バンティくん、いかにして、それこそ「時間の限り tempo massimo 」で、いくつものスポーツに挑戦することになるのか。理由はもちろん恋だ。その恋はある日空から降ってくる。若くて美しいその女性の名はドーラ・サンドリ(ミリー)。なんと、スペイン人の求婚者ウェルタ公(N.ベルナルディ)と賭けをしてパラシュートでの降下に挑戦し、バンティくんが釣りをしていたところに落ちてくる。彼女が空から降ってきたのを見て、驚いたバンティも湖におちて、ふたりともずぶ濡れ。着替えがほしいの。お宅に連れて行って、と彼女。もちろんと彼。執事のアントニオは大丈夫かと不安げ。邸宅に帰ると待っていたのは、厳しい叔母のアガタ。まずは甥の心配をして、おてんばながら礼儀正しいドーラには、しぶしぶながら礼儀正しく接し、着替えを準備。すると彼女が選んだのは、おそらく亡くなったバンティの母の衣装。そのあたりが、運命的。実際、二人は惹かれ合うわけだ。

 それにしても、リアリズムでもなければ、白い電話でもない。貴族と貴族の出会いなのだけれど、ミリーの演じるドーラの弾けっぷりと、デ・シーカの口髭を話したバンティのモヤシぶりが達者な演技が実に楽しい。もちろん、執事のアントニオも、叔母のアガタもなさそうな人物なのだけど、俳優たちの演技がありそうに見せてくれる。

 それもそのはず。この映画はマーリオ・マットーリの新しい演劇集団ザ・ブン(Za-Bum)のヒット・レパートリーの映画化。1927年にマットーリと仲間が立ち上げたこの劇団は、レビューの喜劇役者と舞台の俳優たちを混ぜ合わせたもので、筋書きのなかった喜劇と、笑いのなかった舞台から、双方の良いところをうまくミックスしたもの。おかげで、それまで鳴かず飛ばずだったデ・シーカたちは一気に有名になる。そのザ・ブン劇団のレパートリーの映画化の話があったとき、最初に頼まれたカルロ・ルドヴィーコ・ブラガッリャが監督を降りたので、しかたなくマットーリが監督したのがこの『Tempo massimo』だというのだ。

 そんな作品でアンナ・マニャーニが演じたのは、主人公の裕福なお転婆娘のドーラ/ミリーに言い寄るスペインの公爵ボブ・ウエルタ(B.ベルナンディ)に使える家政婦エミリア。彼女には自転車競技のチャンピオンのアルフレード(エンリコ・ヴィアリーシオ)という恋人がいるのだけど、デ・シーカの演じる青年が自分に恋していると誤解してその気になるという鵜役所。『ソレントの盲女』で与えられた殺人犯の恋人アンナにくらべると、こちらのほうがコミカルで生き生きとしている。なるほど、レビュー演劇の改革者たるマットーリの見る目は確かだというところ。

 さて物語は運動音痴のデシーカがスキーをしたり、ちょっとした誤解から自転車競技に出場したりと、怪我をしたり、喧嘩をしたり、執事の助けを借りて、相手を出し抜いたりと、じつの楽しいドタバタコメディー。そうそう、デ・シーカは歌も歌うんだよね。最初はしっとりと、やがて覚醒してくると、嫌いだったはずのジャズのアレンジで歌い出す。それが彼女ために作曲したという『Dicevo al cuore(心に言ってたのさ)』。


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訳しておこう。

ぼくは知らなかった、わからなかった
愛とは何かなんてことを
ぼくの人生には太陽なんてなく
その最初の輝きもなかったのさ

きみは分かるかい、きみは感じるかい
ぼくのなかで何かが変わったてことを
この心臓の鼓動がなんなのか
きみは理解できるかい

心に言っていたんだよ 愛しちゃダメだって
心に言っていたんだよ 夢見ちゃダメだって
だって愛なんていうものは
虚栄にすぎないと思っていたから

でも君を見たあの日から
本当の愛がどういうものか分かった
それは本当に魅力的だよね、君がとても愛している
だから心の言うのさ、愛さなきゃだめだって

空を見ても、海を見ても
夢見ているようなのさ
そしてぼくは甘い夢の中で
そばにいてくれる君をずっと見ている

この魔法はいったいなんなのか知っているか
僕を離してくれないんだよ
ぼくの心の中は詩であふれている
あなたが詩なんだ

心に言っていたんだよ 愛しちゃダメだって
心に言っていたんだよ 夢見ちゃダメだって
だって愛なんていうものは
虚栄にすぎないと思っていたから

でも君を見たあの日から
本当の愛がどういうものか分かった
それは本当に魅力的だよね、君がとても愛している
だから心の言うのさ、愛さなきゃだめだって

イタリア語はこちら。

Io non sapevo, non conoscevo
che cosa fosse amor
nella mia vita senza sole,
né il primo raggio di splendor.

Puoi tu capire, puoi tu sentire
cos'è cambiato in me,
e questo palpito del cuore,
comprendi tu cos'è?

Dicevo al cuore "non amar",
dicevo al cuore "non sognar",
perchè credevo che l'amore
fosse solo vanità.

Ma da quel dì ch'io vidi te,
il vero amore so cos'è,
è un puro incanto, io t'amo tanto
e dico al cuore "devi amare".

Se guardo il cielo, se guardo il mare,
mi sembra di sognar
e nel mio sogno delizioso
ti vedo sempre accanto a me.

Sai tu che sia questa malia
che non mi lascia più?
Nel cuore ho tanta poesia,
la poesia sei tu!

Dicevo al cuore "non amar",
dicevo al cuore "non sognar",
perchè credevo che l'amore
fosse solo vanità.

Ma da quel dì ch'io vidi te,
il vero amore so cos'è,
è un puro incanto, io t'amo tanto
e dico al cuore "devi amare".

 ほとんど映画の内容を歌っているのだけれど、同じ歌をミリーも歌う。そこが面白い。主人公がふたりとも、演技だけじゃなくて歌えてしまう。そこがマットーリのザ・ブン劇団のすごいところ。そんな場所だからマニャーニも生き生きとしている。歌うことこそないものの、彼女のよさが発揮されている。だからデ・シーカも自分が監督をするとき彼女を思い出して、『金曜日のテレーサ』(1941)にレビュー歌手の役で起用するわけだ。

 ところで、この映画の最後がはちゃめちゃで楽しい。いとしのミリーが、金目当てで言い寄ったスペインの貴族と結婚しようとするその瞬間、デ・シーカ演じるバンティ青年が奪った観光バスを大暴走させたすえに教会にかけつけると、結婚式の出席者を残して、ミリーと逃げ出すことになる。あれ、これってどっかで見たよな。そう思ったら、みんなもそうだと思ったみたい。そうそう、マイク・ニコルズの『卒業』(1967)のラストでダスティン・ホフマンキャサリン・ロスを奪い去るシーンそのものではないか。

 本人に聞いてみないとわからないけれど、オマージュというよりは偶然の一致なのだろう。それでも、映画史に残る名シーンが、べつの作品の名シーンの反復だというは面白い。人は、同じことを映画的な面白さと感じるってことなのかもしれないよね。

 


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