雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

『Canzone dell'amore』(1930)短評

DVD(Ripley's home video)。25-113。イタリア語、英語字幕。このDVDにはイタリア語字幕の選択がない。残念。

 ジェンナーロ・リゲッリの『Canzone dell'amore(愛の歌)』は1930年に公開されたイタリア初のトーキー。まずはムッソリーニを前に試写を行い、一般に公開されて大ヒットしたという。しかし、最初のトーキー映画としてアナウンスされていたのはアレッサンドロ・ブラゼッティの『Resurrectio (復活)』だった。おそらく、そこにはチネス社のステファノ・ピッタルーガ(Stefano Pittaluga, 1887 – 1932)の戦略があったのだろう。ブラゼッティはインタビューにも応じていたし、すぐにも作品が公開されそうだったのだが、どういうわけか先送りされてしまう。同時録音がうまくゆかなかったという話もあるけれど、有能なプロデューサー、ピッタルーガの戦略と考えた方がわかりやすい。

 なにしろブラゼッティの『復活』は、実験的ではあるのだけれど、話としてはすこし暗い。ぼくはこれをイタリア版のDVDで見たけれど、話はこうだ。ある天才音楽家が、ファムファタールに打ちのめされ、自殺する寸前まで追い詰められる。ところがある子供が交通事故にあいそうなところを救うと、ある若い女性に出会って「復活」する。それだけだ。セリフは少なくて映像は実験的で、多重露光の手法をもちいて無意識を映像化したり、ピアノの音が主人公の気持ちを表しながら、コンサートのシーンではモンタージュによる音楽的情動を捉えようとしたりする。そこで雷鳴がなって人々がパニックになるところなんて、ほとんどディザスター映画の先駆けかというほどの出来。そのあたりはさすがブラゼッティ、イタリア映画の父、チネマのパイオニアと呼ばれるだけのことはあるけれど、いかんせん芸術的。つまり、話についてゆくのがむつかしい。

 その点、ジェンナーロ・リゲッリの演出はそつがない。1920年代には、映画産業が斜陽となったイタリアを離れててドイツで何本もの作品を撮ってきたベテランなのだ。原作はルイージピランデッロの短編『In silenzio』(沈黙)だけれど、内容は大きく書きかえられている。ピランデッロの主人公チェザリーノは男の子だが、リゲッリはそれを音楽院に通う女子学生ルチーア(Dria Paola)に書き換える。母親の不義で生まれた赤子を引き取る設定は同じだが、ピランデッロの曖昧で心中を連想させるようラストシーンは、ルチーアの身投げを思わせながらも、恋人エンリーコ(Elio Steiner)の登場で救われると、彼女の子供だという誤解も解けて、3人で暮らせることがセリフで示される。いわばハッピーエンド。

 その子どもが可愛いのよ。赤子から2歳になるまで、本物の赤ちゃんから少し大きくなったおチビちゃんの俳優さんがかわいい!マンマと無邪気に遊ぶ姿をカメラにとらえるのは大変だったと思うけど、子役が良い映画は見ていて楽しい映画なんだよね。男の子なんだけど、女の子の服を着るのは当時の習慣なんだろうな。いや、じつに可愛い。

 加えて音楽院の学生たちの明るさ。恋敵のアンナ(Isa Pola)は海水浴上で水着姿になって大サービス。ルチーアが働く大きなレコード店の大きなセットも見事。2階から1階の売り場を見下ろすカメラワークが、店内でグラモフォンを視聴する客の姿を映し出すのだけど、その店内を清楚な制服姿であるくルチーアの立ち姿がすらりと眼福。

 その同じレコード店では録音スタジオがあって、エンリーコがアンナをつれて新曲を録音するシーンが中盤のクライマックス。アンナがオーケストラと歌うのは、別れたルチーアのことを想ってエンリコが作曲した『Solo per te, Lucia(ただあなたのためだけに、ルチーア)』という設定。だからとうぜん、録音中にルチーアと再会する。それがこんな歌詞だ。

 

あなたのためだけに、ルチーア

Solo per te, Lucia


愛を歌う吟遊詩人のように
小さな心の娘よ
私は願う、恍惚のうちに
君の足もとに伏して嘆きたい
秘められたすべての悲しみを
忘れてしまおう
ただ君のために

Qual menestrello d'amor
Piccola bimba del cuor
Io vorrei, nell'estasi
Sospirar chino ai tuoi piè
Ogni segreto dolor
Scorderò
Sol per te

ただあなたのために、ルチーア
この歌は響きゆく
情熱の夢のなかで
君は永遠の幻影
愛の幻
胸を責めさいなむ幻
そして夢の中で私はあなたのために生きる
ただあなたのために、ルチーア

Solo per te, Lucia
Va la canzone mia
Come in un sogno di passion
Tu sei l'eterna mia vision
Una vision d'amore
Che mi tormenta il cuore
E nel mio sogno vivo per te
Sol per te, Lucia

 この愛の歌がかかるなか、エンリコはまだルチーアが好きなことに気づき、ルチーアのほうは諦めた恋の傷を癒すかのようにローマの街を彷徨う。その風景の映像がまたじつによい。これぞ観光映画。イタリア語とフランス語版が作られたというのだけど、これはヒットするよね。実際、大ヒットしたという。

 1930年の映画だけど、ここからイタリア映画はトーキーの時代に入る。軽やかな喜劇が主流になる一方で、ピランデッロの持っていた両儀的な深さや、ブラゼッティが目指した実験的で前衛的なものが消えることはないとしても、楽しくハッピーで夢見ることのできるような国産の娯楽映画が主流になってゆく。ここから、いわゆる「白い電話」の時代が始まるというわけだ。

La canzone dell'amore (Solo per te lucia)

La canzone dell'amore (Solo per te lucia)