イタリア版DVD。25-54。パオロ・ジェノヴェーゼとルーカ・ミニエーロのデビュー作。タイトルを訳せば「ナポリの呪縛」というところか。incantesimo は「魅力」ということでもあるけれど、同時に、その魅力に囚われてしまうことでもあるわけだ。
映画は最高に面白かった。だけど日本に紹介するのは難しい。たぶん公開も無理。というか字幕が難しい。なにしろ笑いの出発点となる悲劇がナポリ方言なのだ。生粋のナポリ人で方言を誇りに思っているジャンニ(ジャンニ・アイエッロ)の家に女の子が生まれる。ナポリに典型的なアッスンタという名前がつけられるのだけど、あろうことかアッスンタが最初に発した言葉はナポリ方言の「Mammà(マンマー)」ではなくミラノ方言の「Mamy(マミー)。父親に対しては「Papà(パパー)」ではなく「Papy(パピィー)」だったのだ。
赤ん坊のことだから、しばらくすればナポリ語を話すだろう。両親のジャンニとパトリツィア(マリーナ・コンファローネ)はそう考えたのだけど、大きくなってもアッスンタのミラノ方言は強まるばかりで、あろうことか食べ物までミラノ好み。ナポリ人の大好きな「ムール貝の胡椒蒸し」(Impepata di cozze)などには見向きもしない。
大好きなのはナポリでは誰も食べないリゾット。甘いものだってナポリ地方のタルトのクロスタータを口から吐き出す。お菓子が嫌いかと言えばそうではない、ナポリのスフォッリャテッラは嫌いだけれど、チョコレートは好き。ナポリのババーが何かを知らず、パネトーネは好きだという。ナポリ人の父は怒り出す。わざと言っているんだろ。呆然とする娘。困り顔の母親。
しかも父親と母親はナポリ訛りなのに、アッスンタは会話のすべてを流暢なミラノ訛りで話す。映画の冒頭は80歳のアッスンタがそんな自分の人生を振り返るという設定なのだけれど、80歳に彼女を演じるのはミラノの女優で声優として名高いクレリア・ベルナッキ。いわく、私一度もナポリの外に出たことがない。正真正銘のナポリ人なのよ、ほら話し方でわかるでしょと、完璧なミラノ方言で話すところでイタリアの観客なら大笑いだろう。でもさすがに日本では難しい。イタリア語の上級のクラスならできるかもしれないけれどね。
冒頭のアッスンタのセリフが終わると、軽快なリズムとともにオープニングクレジットが流れる。クレジットといっても魚屋の魚の値札に登場人物が記されているというもの。

音楽はエンツォ・アヴィタービレの『Aizetè (起きろ)』。みごとな組み合わせ。なにが心地よいかと言えばナポリ方言のリズム。このビデオは歌詞が流れるので眺めてみてほしい。これ、たぶんイタリア人でもかなりわからないところがあるのではないだろうか。
わからないところだらけなのだけど、意味を知りたくて ChatGPT くんに尋ねたり、英語訳をみたり、ネットでナポリ弁を検索したりしながら、無理やり意味をとって日本語に訳してみた。ご笑覧。
起きろ
移民の新地にトラムの電線
あがる煙、ケツをふく雑草、おまえの戦争
ニンニク カモッラ おれたちが起きなきゃ
お兄さん 試練の十字路だ
起きろ!
なんとも湿っぽい
壁でも建てなきゃ
起きろ!
おのれを見ろよ まるで猫が
おのれの尻尾を噛んでるみたい
起きろ!
人を見りゃ泥棒なのだ
兄さん、ここはワヤなのさ
起きろ!
太陽が水面から登る
ほらわかるだろ
起きろ!
起きろ!飲んで食える奴、飢え死にする奴
明日には幸運を掴む奴
心で登り バスで下る
お姉さんよ、試練の十字路だぞ
起きろ!
濡れるものは濡れる
土砂降りの雨
起きろ!
茹でても茹でてもこのパスタ
生のまま
起きろ!
勝手にやれよ、それが一番
オヤツをを出しやがれ
起きろ!
わざとやるのに本気じゃない奴は
降りてきてどっかに行けばよい
起きろ!さあいこうぜ、リズムにのって
何を寝てやがるんだ!
起きろ!
さあいこうぜ、リズムにのって
何を寝てやがるんだ!休んでるのも 血を流すのも
熱を出すのも お前さんを思うから
灯りをつけなきゃ何も見えない
お姉さん、試練の十字路だぞ
起きろ!呼んでる声がする
外に出て歩き出せってね
起きろ!
時計が動き出した
1分は1時間以上だ
起きろ!
人生の汚点、騙されるな
すべらせてこすれ
起きろ
家のなかは凍り、外は雪のセーター
指を通す穴があいてる
起きろ!
毎日を歩くんだ さあ
歩きながら変えてゆけ
起きろ!さあ行いくぞ、さあ行こう
一緒に歩いてゆこうさあいこうぜ、リズムにのって
何を寝てやがるんだ!
さあいこうぜ、リズムにのって
さあいこうぜ、リズムにのって
何を寝てやがるんだ!
起きろ!
さあいこうぜ、リズムにのって
何を寝てやがるんだ!
起きろ!
さあいこうぜ、リズムにのって
何を寝てやがるんだ!
さあいこうぜ、リズムにのって
起きろ
エンツォ・アヴィタービレはナポリを代表するカウタウトーレでサックス奏者。だから曲も歌詞も彼のもの。困難はあるけれど寝てばかりいないで、起きて、人生に立ち向かおうぜという歌。それは映画の内容と響き合う。
どうやってもミラノ方言が治らない娘に業を煮やしたジャンニは、ナポリのなかでももっともナポリ弁が強烈なトッレ・アンウンチャータに娘をひとり送り込む。返ってくる頃にはナポリ弁を話していると賭けてみたのだ。
しかしジャンニは賭けに負ける。アッスンティーナは、ミラノ方言で話し続け、地元の人々と言葉が通じなくても、若い男たちと言葉の必要ない交流を重ねてしまう。こうしてお腹に誰の子かわからない命を宿して返ってくる。ナポリの言葉は学べなかったけれど、ナポリのものは持ち帰ったのだ。
父のジャンには絶望する。ナポリの言葉を話すどころか、誰の子かもしれない子どもを宿して返ってきたのだ。娘はゾッコラ(Zoccola)になってしまった。Zoccola はドブネズミ、あるいは春を売る女のこと。
すっかり落ち込んだジャンニ、ベッドに潜り込んで出てこようとしない。やがて子供が生まれる。その子どもをジャンニが潜り込んだベッドの傍に連れてくる。オギャーというその鳴き声は、ミラノ弁でもナポリ弁でもない。ふとんのなかに赤ん坊をひきこむジャンニ。アッスンティーナも顔を入れる。見つめ合う親子。俺のことを大切に思うか?ええ。それじゃふたりで布団の中にいよう。海に連れて行ってよ。赤ん坊といっしょに。その言葉こそは、アヴィタービレの歌声が「アイツェッテ」(起きろ!)と重なる。ふとんから出て、ベッドの上に立ち上がったジャンニが言う。窓を開けろ。ナポリを見たい。
エンディングでかかる曲がアヴィタービレの『A pe isse』(彼のために)。この映画のなかでの「彼」はジャンニのことであり、もしかすると赤ん坊なのかもしれない。いかに引用する動画で、歌っているのはナポリ方言なのだけど、画面にはイタリア語への訳詞が出てくる。これをみるとなるほどそういう曲なのかというのがわかるよね。
空の片隅に
あなたが少しと私が少し
なんてうれしいのか
いまでは海が
見たくて飛んでゆきたい
あなたと一緒に
ここはせまい
月も泣いてる
だって
愛はお金じゃ買えない
心はそこから外にでて
やってこなきゃだめ彼のために
彼ために
外に出て
彼のために
彼のために
手を洗い
進んでゆく
彼のために
彼のために
何でもないふりをして見せる
うん、これもいい曲だ。
* * *
ローマ生まれのパオロ・ジェノヴェーゼとナポリ生まれのルーカ・ミニエーロのふたりは、今でこそ映画監督としてそれぞれに活躍しているけれど、最初はマッキャン・エリクソン・イタリアで広告の仕事する同僚だったという。CM作品で評価を高めたふたりは1996年に短編映画「Incantesimo napoletano」を発表(それがを同じタイトルで長編にしたのがこの映画)。続いて1999年には、やはり短編の『Piccole cose di valore non quantificabile(数値化できない価値をもつ小さなこと)』を撮っていくつもの賞を受賞すると、長編映画に挑戦することになる。
広告畑の出身で短編を2本ほどしか取っていないふたりに、出資するのは勇気がいることだったはず。けれど3人のプロデゥーサー(なんでも互いに知り合いだったという)はこれが劇場でうけることに賭けたというわけだ。ジェノヴェーゼとミニエーロは、その後も2作品でコンビを組むことになる(Nessun messaggio in segreteria[2005], Questa notte è ancora nostra [2006])。
じつに楽しかった。DVDにはイタリア語の字幕がつくからだいぶわかるけれど、字幕もまたナポリ弁が混じっているのがミソ。でもがんばればなんとなくわかる。
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