
YT。24-163。マストロヤンニ祭り。
大収穫。冒頭から引き込まれる。夜明けに帰って来る男(この男は夕方より明け方が好きなのだ)。車をメカニックに託すと階段を登り、部屋に入る。壁には高そうな絵画。ジャケットを脱ぐ。シャツはピンとしているし、ネクタイ姿もきまっている。椅子に腰を、レコードに針を落とす。手には一輪のバラ。匂いを嗅ぐと同時に部屋にサックスの響きが広がる。ピエロ・ピッチョーニのジャズが画面の雰囲気を一変させるとオープニングタイトルが浮かぶ。白抜きの文字で「マルチェロ・マストロヤンニ」。1962年の公開作。『甘い生活』の成功で世界的なトップスターなのだ。

カルロ・ディ・パルマのカメラがそのマストロヤンニを追う。ルッジェーロ・マストロヤンニの編集がテンポよくリズムを刻む。その兄のマルチェッロはますますフォトジェニックにタバコを咥え、高そうな服を優雅に脱ぎながらバスタブに湯をはる。香りを確かめて湯気のなかに落とすのはバスパフュームか。滑らかな手の動き。バスに浸かって体を伸ばしたところで電話が鳴る。手を伸ばせばそこには白い電話。恋人からの電話。
なんというイントロ。タイトルの「L'assassino」は「人殺し」の意味だから、この男は殺し屋なのか。そう思わせたところで、アパートの玄関に警察たちがやってきている。管理人の女が驚きながら男の部屋へ通じるエレベーターを示す。あれで上がれば直通ですよ。ここから何が起こるのだろうか。男の逃走劇が始まるのか。
警察がエレベーターで上がってくれば、この男は平然として、仏頂面の男たちを招き入れる。朝からのお客はめずらしいのですよ。おや警察の方ですか。なるほど警察署にもアンティークがあればよいですよね。家具なら任してください。よいものがあります。マストロヤンニが演じる男の名前はアルフレード・マルテッリ。高級アンティークの商人なのだ。
もちろん警察がアンティークを買いに来たわけではない。任意同行を求められたアルフレードは、警察手帳をチェックし令状を求める。そんなものはない。それでもすべて規則通り、心配はいらない。それなら行かないと言い張っても無駄。結局は警察署に連れてゆかれる。なぜ連行されたのか。何が起こっているのか。説明はない。まるでカフカの『審判』だ。冒頭でヨーゼフ・Kの身に起こることそのままではないか。

こうして物語は出口のない迷宮に入ってゆく。カメラが追うのは、困惑して苛立ち始めるアルフレードの姿。やがて警察分署長パルンボ(サルヴォ・ランドーネ)が現れる。どうやら昨晩、殺人事件があったという。アルフレードはその容疑者のひとりだということがわかってくる。なにしろ殺されたのはアルフレードのパトロンでも愛人でもあるアダルジーサ・デ・マッテイス(ミシュリーヌ・プレール )。昨晩あった逢瀬のことを追求されるアルフレード。フラッシュバックに映し出されるのは、彼が彼女の愛人であり、どんなふうに振る舞っていたかか。そして今朝方の電話が、ほかの若い女性ニコレッタ(クリスティーナ・ガヨーニ)であり、婚約をしていたことなどが浮かび上がってくる。

アルフレードは重要な容疑者。抑留され取り調べが続く。家にも帰れない。檻房で過ごすことになるのだが、そこに別の殺人事件で逮捕された容疑者のパオロ(P. パネッリ)とトーニ(T.ウッチ)が入ってくる。このいかがわしいふたりがよい。まるでカフカの登場人物。だから警察の回し者でもあるかのように、アルフレードを精神的に追い詰め、自白するようにそそのかし、さらにはほとんど強要するまでにいたる。その不条理。カフカ的な世界。

エリオ・ペトリのデビュー作。ペトリはそれまでジュゼッペ・デ・サンティスのもとで映画を学ぶ。もともとはジャーナリスト志望だが、映画のにも憧れていた。だから評論家から始める。記事を書き少しずつ業界に近づきながら、脚本の仕事を得て、うやがて32歳という若さで監督デビュー。修行時代にデ・サンティスに脚本を書いた『恋愛時代』(1954)で友人となったマストロヤンニを主演に迎え、ペトリという映画作家の未来がつまった不条理ミステリーがこの『L'assassino』なのだ。
原案に協力したのはトニーノ・グエッラ(このころは本名のアントニオ・グエッラとクレジットされていた)。脚本にはペトリとグエッラに加えて、パスクワーレ・フェスタ・カンパニーレやマッシモ・フランチョーサが参加するとじつに緻密な物語を作り上げる。警察や監獄はカフカ的な迷宮であると同時に、かつてファシズムの時代の暗い権力がまだ生き残っているかのように感じられるし、主人公のアフルレードがじつのところ成り上がりのブルジョワもどきで、虚栄と腐敗のなかを泳いできた人物であることが浮かび上がってくる。
ブルジョワ的な虚栄と腐敗。フェリーニが描いた『甘い生活』の延長にあって、表面上は煌びやかだが、裏側では不吉な事態が進む。たとえば殺人事件。しかしジャッロではない。血も見せない。犯人はやがて判明する。証拠のようなものが示される。アンティークの時計のネックレス。被害者が身につけいた時間が決めてとなるという。だが疑問は残る。ほんとうにそうなのか。カメラが追いかけてきたのは、監獄の中にとじこめられて精神的に追い詰められてゆくアルフレードなのだ。自白するほうが楽だという誘惑に負けそうになる男の姿なのだ。どこかで白状したという男は、ほんとうに犯人なのか。
印象に残るのがフランス人のマジシャンであるマック・ロネ(Mac Ronay)。橋の上で車に轢かれかけた男の役で登場。死んだかと思ったら目を覚ます。野次馬になって車をとめたアダルジーサとアフルレードだが、よくある酔っ払いだなと決めつける男に、女は心配だから追いかけてとせがむ。お金をあげようという善意。その善意を鬱陶しそうに受けいれたふたりのクーペが男に追く。お金が差し出される。男は受け取らない。もとの橋の方にきびすをかえす。女が追ってと頼む。男はしぶしぶ追いかける。追いついたとき。男はすでに橋の下に横たわっていた。終わりにできたのだ。そんな自殺志望者を演じたマック・ロネはマスクが、時代の暗い闇の奥を覗かせて記憶に残る *1。

これは傑作だ。どうして今まで知らなかったのだろう。日本に紹介すべき。字幕つきで多くの人に見てもらいたい。マストロヤンニの演技の深さを堪能できるだけじゃない。音楽が良い。カメラがよい。編集がよい。古くならないテーマ。そしてなによりもエリオ・ペトリのデビュー作。
ペトリについては、いずれまとめたいと思うけど差し当たり観たものを挙げておく。
『L'assassino』は全編ここで視聴化。ただしイタリア語版。
アマゾンでイタリア版のDVDを購入できる。比較的安い。
ピッチョーニのジャズの調べはこれ。
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