ルイージ・ザンパの『Anni difficili(困難な時代)』(1948)年をイタリア版DVDで鑑賞。これは名作。でも日本では未公開で日本版のソフトもない。
これがシチリアだ。その古くからの高貴な土地は、陽光に揺らめく空のもとで、かくも厳しくメランコリーに満ちた様相を呈している。
街並みが見える。何世紀にもわたって拡張してきた街並みには、合理的な都市計画の幾何学的な冷たさこそ欠くものの、生命の熱さにあふれている。まるで火山のまわり、あるいは最初の種がまかれた丘の上で、ゆっくりと生茂ゆく植物たちのようだ。
人々は、坂や小さな庭があちこちにあり、テラスが屋上にまで作られ、いたるところに窓やバルコニーが作られた家々の街並みに暮らしながら、何千もの悲惨や労苦の経験のなかから引き出してきたのが、あの深淵で誰にでもわかる気風(genio)であり、それは良識(buon senso)と呼ばれている。
なかでももっとも控えめで、広場を横切ってもその名を知るものがほとんどいないため、誰からも挨拶されることがないような、そんな人々が、真実と正義を大切にする感覚を愛しんで守っているのであり、その感覚が損なわれ傷つけられるときには激しく煩悶することになる。
そんなひとりとして、とりわけ辛い時期を生き抜いたあわれな勤め人がいる。ここでみなさまに語ろうとするのは、その男の物語だ。アルド・ピッシテッロというその男は、この家に住んでる。Ecco la Sicilia, questa terra nobile e antica sotto il cielo inondato di luce, ha un aspetto così severo e pieno di malinconia.
Ecco le sue città, cresciute nel corso dei secoli, prive della fredda geometria di una metropoli razionale e calde invece di vita, come pinte che si siano aggrovigliate lentamente attorno al vulcano o al colle su cui fu gettato il primo seme.
Il popolo che abita in queste città, piene di scalinate e cortili, fitte di terrazze, altane, finestre e balconi, trae dalla sua millenaria esperienza, dalle sue sciagure e dai suoi sforzi, quel genio profondo ed elementare che si chiama buon senso.
I più umili, specialmente quelli che attraversando le piazze non ricevono il saluto di nessuno, perché il loro nome è quasi sconosciuto, custodiscono con amore il senso della verità e della giustizia e soffrono pene acerbe quando esso viene offeso o ferito.
Di uno di questi uomini, un povero impiegato vissuto in tempo particolarmente difficili, vi racconteremo la storia. Si chiamava Aldo Piscitello viveva in questa casa.
日本語に訳せば「自分自身の欠点 difetti を笑うことは、文明的な民が持つ最良の徳力である」ということ。ここにある「欠点 difetti 」とは、もはや個人のものではなく、シチリア人のものでもあり、またイタリア人のものでもあれば、ドイツ人のものであってもよい(もちろん日本人のものであってもよいのだが未公開なのが悔しい!)。
考えるべきは、この字幕がスクリーンに映し出されたのが、戦争が終わってまだ3年ほどしか経っていない1948年の劇場だということであり、観客たちにはまだファシズムやナチズム(あるいは軍国主義)の記憶が生々しい時期でということ。そんな観客は、かつてファシズムやナチズムに走った自分たちの姿を目の当たりにする。そこに欠けていたことからくる滑稽さを笑いながら、しだいに滑稽さのなかにグロテスクな姿をつきつけられる。それでも映画館のくつろぎにつつまれながら、そのなかでゆっくりと自らを省み、自らを変容させて、劇場を後にする。
そのはずなのだが、しかし、自身がかつてファシストであったことを認め、そこから物語を立ち上げることは、戦後イタリアにあっては容易なことではない。なにしろイタリアには、ドイツのニュルンベルグ裁判や、日本の東京裁判にあたるものがない。勝者たちが敗者を裁くことの良し悪しは置いておくにしても、すくなくとも戦争犯罪を裁く法廷はイタリアにはなかった。早々に休戦協定を結び、レジスタンス闘争を経て、連合軍を解放軍として迎えたのだ。
戦後のイタリアは誰もが自由に酔っていた。共産党でさえも、ファシスト体制下の多くの官僚の存続を認めたという。多くの市長(ポデスタ)は、そのまま市長(シンダコ)として居座ってしまう。だから戦後に「自分はかつてファシストだった」と言うものは誰もいなくなる。それはまったく不思議なことなのだ。なにしろかつては「みんながファシストだった Tutti erano fascisti 」。それにもかかわらず戦後になると「みんながそうではなかった Tutti non lo erano」という。ブランカーティのように、自身がかつてファシストであったと認めることは容易ではない。ましてやそれを笑い飛ばすことなど...
ピッシテッロの言葉が終わるや否や、またしても新しい知らせが入ってる。「アメリカ軍が街に入ってきた」というのだ。こうして街にはドイツ軍に代わりアメリカ軍が駐屯することになる。それでも、いつものように市役所で仕事をするピッシテッロ。仕事場のシーンは冒頭とまったく同じアングルだ。そこのまた使いがやってくる。「市長(ポデスタ)が、いや市長(シンダコ)がお呼びだ」という。アメリカ軍の支配下にはいり、ファシストたちの市長(ポデスタ)は、アメリカ軍のための市長(シンダコ)として、同じ椅子にファシスト隊長ではなくアメリカ軍の将校と並んで座っていた。卑怯者。わたしたちはみんな卑怯者だ。広場で手を叩いていた連中。家に隠れてブーイングしていた連中。わたしちはみんな卑怯者なんだ。刑務所に入れられるしかるべきだった。何人かは入れられた。ほんのわずかだけは!だがわたしたちは刑務所が怖かった。死ぬのが怖かった。それで息子たちを死なせてしまったのだ。卑怯者。わたしが自分の息子を死なせてしまったんだ。
Vigliacchi. Siamo tutti vigliacchi. Quelli che battevano le mani in piazza. Quelli che fischiavano nascosto in casa. Siamo tutti vigliacchi. Dovevamo farci buttare in carcere come hanno fatto certuni. Pochi! Ma abbiamo avuto paura del carcere. Paura di morire. Abbiamo fatto morire i nostri figli. Vigliacchi. Io ho fatto morire mio figlio.
なぜって、自分はファシストじゃなかったと言いたいのでしょうね。そんな考えは持っていなかったし、突撃隊でもなかったし、戦争を憎んでいたし、連合軍が上陸してたときは幸せでいっぱいだったとでも言いたいのではないでしょうか。何を言いたいかなんてわかりませんけれどね。Perché vorrà dire che non era fascista, che non la pensava così, che non era squadrista, che odiava la guerra, che è stato felicissimo il giorno in cui gli alleati sono sbarcati. Chissà cosa diavolo vuol dire.
この言葉にアメリカ人将校が言う。「彼もか。いったいぜんたい《自分はファシストでしたと》と言う勇気のある者にまだ一人も会ったことがないぞ」(Anche lui. Ma non mi riesce a trovare uno che ha coraggio di dire “sono stato fascista”.)
実に見事なシーン。黙ってふたりを見つめるピッシテッロの瞳がすべてを語っている。そして記憶に残るラストシーンがやってくる。街の広場は人で溢れている。アメリカ兵たちは、住人から国に持って帰る土産を買っていた。そのなかにファシスト突撃隊の制服を買ってきたものがいる。彼はピッシテッロのそばにやってくると、こうたずねる。
「へいパイザ、おれはこれを2千リラで買ったのだが、高いかな?」
それはピッシテッロが来ていたのと同じような制服だ。それを手に入れるために、家族は2千リラの出費をしていた。同じ値段だ。だが、ピッシテッロは言う。
「そいつはじぶんにはずっと高くつきましたな」。
そしてエンドマーク。なんとも見事なセリフ。みごとなエンディング。真理と正義を愛する彼が、その制服を身に付けることになったときから始まる「困難な時代」を、これほどみごとに言い表す言葉が、ほかにあるだろうか。