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雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

B.ラッセル:未来の世代へのメッセージ

イタリア語 教育 もろもろ

『ジャージーボーイズ』の続きを書く前に、ちょっと寄り道。

 

ここに、備忘のため訳出しておくののは、イギリスの偉大な哲学者バートランド・ラッセルの言葉。それは、1959年にBBCの番組 Face-to-Face において、1000年先の世代に自分が人生において学んだことを伝えて欲しいと乞われ、語ったもの。

訳はイタリア語字幕から。英語との相違は確認していないけど、興味のある方は聞き取って、ご検討してくださいね。

 

映像はこちら。


Messaggio di Bertrand Russell ai posteri - YouTube

 

ラッセルは知性と道徳について語ってくれているけれど、まずは知性から。

ふたつ言いたいことがあります。ひとつは知性に関するもので、ひとつは道徳についてです。知性に関するものこうです。なにかのテーマを研究したり、哲学的なことを評価しているとき、ただこう自問すること。「なにが事実なのか?その事実が内包する真実は何なのか?」自分が信じたいものがあるといって、この問いかけから逸れるようなことがあってはなりません。そうだと信じれば利得が生まれるようなことに、引きずられてはならないのです。そうではなくて、ただ事実それだけを見つめること。これが知性について伝えたいメッセージです。

 イタリア語はこれ。

Mi piacerebbe dire due cose, una intellettuale e una morale. Quella intellettuale è questa: quando stai studiando un qualunque argomento o valutando qualunque filosofia, chiedi a te stesso soltanto: “Quali sono i fatti? Qual è la verità che contengono?”. Non lasciarti mai sviare né da ciò che vorresti credere, né da ciò che potrebbe produrre vantaggi se fosse creduto, ma guarda solo e soltanto i fatti. Questo è il messaggio intellettuale che vorrei trasmettere.

次に道徳について。

道徳に関するメッセージはとてもシンプルです。愛することは賢明であり、憎しみは狂気だということ。ますます相互に連関し合うようなこの方法によって、わたしたちは寛容であることを学ばなければなりません。わたしたちに好ましくないような事実を誰かが語っても、それを受け入れることを学ばなければなりません。ただこうすることによってのみ、わたしたちは共に生きることができるのです。もしも共に生きながらも共には死なないことを欲するのなら、わたしたちが学ばなければならないのは、慈愛と寛容です。このふたつは、この地球で人間の生の営みが続けられるためには絶対的に欠かせないものなのです。

イタリア語はこれね。

Il messaggio morale è molto semplice: l’amore è saggio, l’odio è folle. In questo mondo che diventa sempre più interconnesso, dobbiamo imparare a tollerarci, dobbiamo imparare ad accettare il fatto che qualcuno dica cose che non ci piacciono. Solo così possiamo vivere insieme. Se vogliamo vivere insieme e non morire insieme, dobbiamo imparare una qualche forma di carità e tolleranza, che sono assolutamente vitali per la prosecuzione della vita umana su questo pianeta.

それにしても、「共に生きながらも共には死なない」というのは、とても重要なフレーズだと思う。ぼくらは結局、誰かと一緒でないと生きはいけないのだけれど、だからといって、死ぬときもみんな一緒というのでは困りもの。実際、無理心中なんていうのは、いっしょに生きられないなら、いっしょに死のうよ、という狂気ですね。そして、そんな狂気の裏側には、おそらく憎しみが働いているのでしょう。ところが、愛があれば、こんな可愛い子供をどうしていっしょに道ずれにできようかと、どうしても躊躇してしまう。だから愛することは賢明なわけです。

 

さすがラッセル、心に沁みました。