クールが信条のジョージ・クルーニーがクールでいられない。
なにしろクールなヤツの足を引っ張ることを信条とするタランティーノが、いかにもまじめそうな顔で狂気への扉を開こうとするのだから。
そんな男どもの度肝を抜くのがサルサ・ハエック。彼女が、エキゾチックなナンバー "After dark" (by Tito & Tarantula) をバックに披露する、サタニックでウルトラ・デモーニッシュなダンスは、きっと何度も夢に見ること請け合いだ。
こんな映画大好き、ただし小さなお子様は保護者同伴で。
(以下、ネタバレ注意です)
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オープニングは、いかにもアメリカらしい町外れの一本道。見えてくるのは "Benny’s world of liquor" 。リカーショップだけどガソリンも売っている。いかにもという車でやってくるのは、もちろん保安官、というかテキサス・レンジャー。ここでよく見れば、店の外に停められた一台の赤い車が目に入るはず。1975年型クライスラーのプリムスだが、この車に乗って来たはずの客が店の中に見当たらない。ここがポイントだ。
さて、レンジャーのアール・マックグロー(マイケル・パークス)が店に入ると、店員のピート(ジョン・ホークス)と世間話が始まる。その会話の冗長なこと。だらだらと続くどうでもよいようなセリフのやりとりは、いかにもタランティーノの脚本だ。この人、観客を長たらしくて仕掛けたっぷりの会話(ここでは近くで銀行強盗があり犯人が人質をとって逃亡中だという話が伏線)に引き込つけておいて、いきなりドカンとやるのが得意。その嬉々とした悪趣味ぶりに、監督のロドリゲスも嬉々として答えてみせる。
レンジャーが店の奥のトイレに向かうと、カメラはピートの視線になってその姿を追いかけるのだが、なにかに引かれるようにビールのつまった冷蔵庫の向こう側を映し出してゆく。そこには、人質を取って隠れていたセス・ゲッコー(クルーニー)の姿。しかも形相を変えて、カメラ=ピートに向かって近づいて来る。
さあ、ここからテンポが一転。これでもかというくらい短いカットの連続から、一気に画面の緊張を高めてゆく。それはもう、よくもまあ短くつなげたなと思うくらいのカット割り。書き出してみるとこんな具合だ。
- カメラに拳銃を突きつけるセス。
- 両手を手を上げるピート。
- 拳銃を突きつけるセスのアップ(「この女どもを死なせたいか!」)。
- 額に拳銃を突きつけられるピートの表情(セスの怒りが理解できない)。
- 拳銃を突きつけるセスの引きのショット
- 「お前トイレを使わせただろう?普通の店はトイレを貸さない」(トイレを貸さないのが普通のアメリカだというジョーク)
- そこに向こうから弟リッチー(タランティーノ)がもう一人の人質の女を連れて近づいてくる。
- 拳銃を人質の女に向けるリッチーのアップ。
- 再び拳銃を突きつけるセス、その耳にリッチー/タランティーノが何かをつぶやく(まるで演技指導みたいで笑える)。
- セス/クルーニーが首を傾げる(まるで演技をしくじったかのように)。
- ピートに突きつけられた銃口も外され、緊張が緩む(なんだか撮り直しの雰囲気なみたい)。
- セスの顔のクローズアップ。その険しい表情から発せられるセリフは "Were you giving that pig signals?" (あの豚はもちろん保安官のこと「なにか合図してたらしいな?」ってこと。タランティーノが告げ口したわけだ)
- ピートの表情のアップ、顔面の筋肉をすべて引きつらせるセリフは「何もしてないったら!」
- セスが撃鉄を引く(その音がまた怖い!)
- その音に「ヘイ!」と声を上げるピート(緊張が高まる!)
- するとそこにまたリッチー/タランティーノが不気味な耳打ち(今度は何だ?)
- セス、「掻いてたんだって?」(掻いたって?)
- ピート、「何もしてない」(そりゃそうだ)
- セス、「弟が嘘つきだってことか?」(弟というのはリッチーなわけだ)
- 焦るピート、「もしかして掻いたとしても、それは緊張しているからだよ」
- ここでリッチー/タランティーノが初めて口を開く。
- The Ranger's taking a piss. Why don’t I just go in there, blow his head off and get outta here.
日本語するとこんな感じだろうか。「レンジャーは小便してるんだ。おれが脳天ぶち抜いて来るから、ここをおさらばしようぜ」。めちゃくちゃだ。ほんとにタランティーノって、映画なかでは "殺りたがり" なんだよね。そんなリッチー/タランティーノ言葉に、店員ピートが慌てて言う。
- Don't do that! Look, you asked me to act natural, and I'm acting as natural -- in fact, under the circumstances, I think I ought get a fuckin’ Academy Award for how natural I'm acting. You asked me to get rid of him, I'm doing my best.
もちろん笑えるセリフ。「やめてくれよ!なあ、自然に演技/振る舞えって言われたから自然にしているんだ。じっさい、うまくすりゃ、俺の演技はアカデミー賞をもらってもおかしくないほどだと思う。あいつを追い出してくれって言われたからベストを尽くしてるんだ」。たしかにこの時のピート/ジョン・ホークスの演技は最高。まさにベストなのだが、もちろんこの映画でアカデミー賞はほとんど期待できないけど。
- Yeah, well, your best better get a helluva lot fuckin' better, or you’re gonna feel a helluva fuckin’ lot worse.
これまた字面だけ見ると言葉の遊びのようなセリフ。"your best better" というのは恐らく "make the better best" から来てるのだろう。"do the best" は「ベストを尽くす」だが、その「ベスト the best 」をさらに「よくする make it better 」というのが、その意味だ。これに facking と helluva = a hell of a ... という強調の表現が修飾しているのがこのセリフ。気分を出して日本語にすると、こんな感じだろうか。「おまえさんのベストやベターの演技ってやつが、きっちりファッキングにベターにならなきゃ、きっちりファッキングにワースな気分を味わうことになるぜ」。そんな遊び心たっぷりのセリフを、凄みに目を血走らせながら口にするクルーニ、実によくできた会話劇。
この緊張感に文字通り水をさすのが、トイレから聞こえる水を流す音(レンジャーは下痢してたんだね)。レンジャーがすぐにも戻ってくるのだ。セスのセリフ。「みんなクールやれよ!Everybody be cool. 」 。その拳銃からは冷たい金属音が響き渡る。セスが撃鉄をもどしたのだ。ああ、びっくり。
ところがそこにひとりだけクールじゃないヤツがいる。リチャード/タランティーノだ。トイレから戻り、金を払おうとしているレンジャーの背後に近づくと、いきなりのバン!その頭から血が飛び散らせる。ここから「ベニーの酒の世界 "Benny’s world of liquor" 」は「血の世界 "world of blood 」へと一変。まさにベキンパーの『ワイルド・バンチ』さながらの血の海となるわけ。反撃を試みた店員ピートとの銃撃戦。酒をかぶせられ火を放たれるピート。人質のふたりの美女が悲鳴。ついには派手に吹き飛ぶされるガソリンスタンド兼リカーショップ。その炎を背後に平然とカメラに向かって進むセスとリッチー。真っ赤なプリムスに乗り込みんで走り去れば、画面に浮かび上がるのがオープニングタイトル。From dusk till dawn(日暮れから明け方まで) 。
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こうしてセス/クルーニーとリッチー/タランティーノのゲッコー兄弟の逃避行の話が始まる。この銀行強盗兄弟は、元牧師のジェイコブ・フラー(ハーヴィ・カイテル)とその子どもたちを巻き込むと、ついには国境を越えてメキシコに入る。ここまでが前半。なぜにハーヴィ・カイテルが牧師でなければならないのかは、後半で明らかになる。フラー家の人々とのからみは、セスとリッチーのコンビの特徴を浮き彫りにしてゆく。できるだけクールでいたい兄のセスと、その足を引っ張る弟リッチー。ふたりは同じパターンを反復しながら、物語を先へ先へと進めてゆく。
後半は、ゲッコー兄弟とフラー家がメキシコに入り、ご当地のボス、カルロスと落ち合う約束をしていた店に入るところから始まる。時刻は夕暮れ、はでな電飾に浮き上がる店の名は《 Titty Twister 》。その名の通り「おっぱいフルフル titty twister 」の女の子たちが踊っているナイトクラブだ。ゲッコー兄弟はこの店で夜明けにカルロスと落ち合う予定なのだが、問題はふたりが、そしてフラーの一家が、無事に夜明けを迎えられるかどうか。というのも、驚くことにというかあきれることに、この店はなんとヴァンパイアの巣窟であり、Titty twister の電飾に引かれて集まる男どもを狩るための餌狩り場だったことが判明するときに、映画はクライマックスを迎えことになるのだ。タイトル「フロム・ダスク・ティル・ドーン(夕暮れから夜明けまで)」というも、ハーヴィ・カイテルが牧師なのも、すべてはこのクライマックスのためにある。
主人公たちを、そして観客のぼくらを、そんなクライマックスへ導いてくれるのが、ヴァンパイアの女王サタニコ・パンデモニウム。演じているのはロドリゲス映画の常連、サルマ・ハエック。そのセクシーダンスに溺れるリッチー/タランティーノのヘロヘロぶりが笑えるのだが(なぜ彼がとりわけヘロヘロになるのかは前半で理由が描かれている)、そのリッチーがまさにイキそうな顔をするところで、突然に吹き出るまっかな血がダンスを中断。その血がさらに血を呼ぶ修羅場が始まると、スプラッター映画版の『ワイルドバンチ』が幕を開ける。
その血の饗宴を生き延び、夜明けの光を見ることができたのは2人だけ。セスと牧師の娘ケイトだ。そこにやって来たのは、土地のボスのカルロス/チーチ・マリン(マリンはカルロスのほかに、メキシコの国境警備員と《Titty twister 》の門番チェット・プッシーの3役)。なんでこんな場所で待ち合わせなんだと怒るセス、自分は来たことがなかったと言い訳をするカルロス(そりゃそうだ、だって来ていたら生きてはいられなかっただろうから)。なんとセスは、そんなカルロスの無責任ぶりをネタに、支払う約束の金の値下げを交渉。父も弟も失くして今や天涯孤独となったケイトに金を渡して立ち去ろうとするのだが、その彼女にこう言われる。「ねえ、連れはいらない?You want some company?」。さすがに少し心動かされた様子のセスだが、これこそ彼の最大のチャンス。だからきっちりとこんなセリフを返すのだ。
- Go home, Kate. I may be a bastard. But I'm not a fuckin’ bastard.
いやあ、クールなセリフじゃありませんか。「家に帰りな、ケイト。おれはバスタードかもしれないが、ファッキン・バスタードじゃないぜ」。弟のリッチーがヴァンパイアに殺されたおかげで、セスはついに思いっきりそのクールぶりを発揮することができたというわけだ。
こうして誰もが立ち去った画面に映し出されるのは、巨大な遺跡を思わせるヴァンパイアの巣窟。続くクロージング・クレジットに流れるのが、ZZ-top によるご機嫌な映画のためのオリジナルナンバー:She's just killing me 。
いやあ、楽しかった。