デヴィッド・ギルモアは、疑いもなく、ぼくらの時代の偉大なソングライターのひとりだ。もちろん偉大なギタリストでもあるけれど、言葉をメロディーに乗せる才能に関しては、誰よりも抜きん出たセンスを持っているのではないだろうか。
もちろんギルモア自身も歌詞を書く。けれどもロジャー・ウォーターズが歌詞を書いた「あなたがここにいて欲しい Wish you were here」のように、他の誰かの言葉でも、みごとな旋律にのせて歌い上げてみせるのがギルモアなのだ。実際、この名曲にはロジャー・ウォーターズが歌っているヴァージョンもあるが、それなりに味わいがあることは認めるにしても、ぼくとしては断然ギルモアの歌いかたが好きなんだよね。
そのロジャー・ウォーターズと決別してから、ピンク・フロイドは『Divison Bell (1994) 』を発表する。まさにウォーターズとの「決別の鐘」が鳴ったあとで、それでもなおコミュニケーションの可能性を歌い上げるコンセプトアルバムだけれど、このこで大半の歌詞に協力したのがポーリー・サムソン。作詞家としてみごとな才能を発揮したポーリーは、その後ギルモアと結婚、公私にわたるパートナーとなり、彼のソロアルバム『On An Island (2006) 』では、すべての歌詞を書いただけではなく、ピアノやヴォーカルでも参加している。
そんなポーリーは、この新しいソロアルバム『Rattle That Lock (2015)』 でも作詞しているのだけれど、ギルモアはそんな彼女の言葉を歌い上げることについて、こんな風に語っている。
ちゃんと考えて、集中しないと歌えない。つまり、自分が歌っている言葉を生きて、呼吸して、信じなければだめってことさ。ロジャー(ウォーターズ)の素晴らしい詩のときも、ポーリー(サムソン)の歌詞についても、それができると思ったのさ。うまく歌えていればよいのだけどね。よく考えることだよね。なにせ、他人の言葉を、まるで自分のもののように使うような人間になるしかない。言葉を借りているにすぎないのさ。ぼくだって自分の言葉でも曲を書いてきたから、どんなふうにできているかわかるんだよ。
It takes thought and it takes concentration. I mean you have to live, and breathe, and believe the words you’re saying , and with most of Roger’s (Waters) brilliant lyrics and with Polly’s lyrics too, I find that I can do that. I hope that I do it justice. But it is something you often think about. But, ya know, you’re forced yourself to be that person who is using those words as if they were your own. I’m only borrowing them. I mean I’ve written enough songs with words of my own to know how it’s done. *1
そうなんだろうな。たしかにそれは他人の言葉なんだけれど、それを正しく歌うためには、きっちりと考えて、集中しなければならない。言葉は借りているかもしれないけれど、その言葉が立ち上げる世界を、自分なりに呼吸して、生き直してみなければ、心に響く歌なんて歌えないのだろう。
おっと、前置きはここまで。ともかくぼくは、そんなギルモアが歌う曲のなかで、この『In Any Tongue 』にハッとさせられてしまったんだよね。きっかけは、このミュージックビデオ。その見事なアニメーションが描き出すのは、おそらく中東の紛争地に入った若い兵隊の姿。そこにかぶさってくるギルモアの詩が、すこしずつその意味を開示してゆくとき、ぼくは思ったんだ。そこに歌われている若者は、もしかするとぼくたちの隣人や友人、もしかするとぼくたちの恋人や家族、そしてもしかするとぼくたち自身なのじゃないだろうかってね。
David Gilmour - In Any Tongue (Official Music Video)
つたないけれど、ぼくなりに日本語を以下においてみた。汲み取れていない意味やサブテキストのようなものが、もしかするともっと潜んでいるのかもしれないけれど、気がついた是非ご指摘くださいな。
では、ご笑覧。
Home and done it's just begun
His heart weighs more, more than it ever did before
What has he done? God help my son
Hey, stay a while, I'll stay up
No sugar is enough to bring sweetness to his cup
I know sorrow tastes the same on any tongue
兵役を終えて帰郷 それが始まりだった
胸がぐっと重くなる それまでなかったほど
あいつ何をしてきたんだ? 神よわが息子を救いたまえ
ねえ もう少しいなさい まだ起きてるから
どんな砂糖でも甘くならない息子のカップ
わかるのさ 悲しみはどんな口にも同じ味
How was I to feel it
When a gun was in my hands
And I'd waited for so long
How was I to see straight
In the dust and blinding sun
Just a pair of boots on the ground
ぼく どんなふうに感じればよかったの
この手に銃なんか握り
とっても長く待ってたんだよ
それに どうすればまっすぐに見れたっていうの
ほこりと眩しい陽光のなか
地上戦というのを戦っていただけ
On the screen the young men die
The children cry in the rubble of their lives
What has he done? God help my son
Hey, stay a while, I'll stay up
The volume pumped right up but not enough to drown it out
I hear "Mama" sounds the same in any tongue
画面では若い男たちが死んでいる
子どもが人生の瓦礫のなかで泣き叫んでる
あいつ何をしてきたんだ? 神よわが息子を救いたまえ
なあ もう少し居なさい まだ起きてるから
ヴォリュームがちょうど上がっても かき消されなかった
聞こえたんだよ「ママ」って どんな口にも同じ音
How am I to see you
When my faith stands in the way
And the wailing is long done
How am I to know you
With a joystick in my hand
When the call to arms has come
どうすれば きみのこと目に入るっていうのさ
ぼくの信じてるものが立ちふさがるし
悲しみなんてずっと昔のものなんだ
どうすれば きみのことわかるっていうのさ
ジョイスティックを手にしてるとき
戦闘準備が命じられたんだ
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*1:引用はこの記事より: