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雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

移民たちの船

10月3日、哀しいニュースが飛び込んで来た。 

 

シチリア島チュニジアの間に浮かぶランペドゥーザ島の沖で、アフリカからの難民を船が火災を起こして沈没したというのだ。全長20メートルの船には500人以上がすし詰めになっていたという。2日前に乗っていたらしい。生存者は155人。「死体だらけだった」という海からは130もの遺体が引き上げられた。残りの人々はおそらく海の底に沈んだのだろう。

 

生存者の証言は衝撃的だ。「自分たちはリビアのミスラータ港を2日前に出航しましたが、船はすし詰め状態で身動きもできないほどでした。航海の途中、3隻の漁船が見えましたが、助けてはくれなかった。少し島に近づいたとき、わたしたちは火を焚くことにしました。自分たちを見つけてもらいたかったからです。けれども、デッキにガソリンが漏れていたのです。船は一瞬で火につつまれました。誰もが叫びながら海に飛び込んでいる間に、船は転覆していったのです」

http://www.repubblica.it/cronaca/2013/10/03/news/lampedusa_brucia_un_barcone_strage_di_migranti-67817611/

 

この話を聞いた人は誰でも、証言者の語る「3隻の漁船」が救助に駆けつけていればよかったのに思うだろう。しかし、それはできない相談なのだ。というのもイタリアの漁船は、不法移民の船を見つけたときにはまず沿岸警備隊に連絡をとり、その到着を待つことになっているからだ。もしも勝手に移民を助けてしまえば、不法入国幇助を疑われ、たとえ逮捕されることさえなくても、その後、当局からきびしく問いつめられることになる。海の男としてはできれば助けたい。しかし助けてしまうと、その後には当局からの嫌がらせが待っている。それだけではない。地元の住民のなかにも、島の評判が落ちるからという理由で、白い目で見られることさえある。そのあたりの事情は、昨年航海された E. クリアレーゼの映画『海と大陸』に詳しいので、是非ご覧いただければと思う。

 

それにしても今回の事故は悲惨なものだった。ナポリターノ大統領は「罪なき人の大虐殺 strage di innocenti 」だと言い、教皇フランチェスコは「恥ずべきことだ Vergogna! 」として、被害者のためへの祈りを訴えた。たしかに、ランペドゥーサ沖で死んだ難民たちには何の罪もない。そして、そんな彼らを半ば見殺しにしてしまったことは、まさに「恥ずべきこと」だ。

 

しかし、である。規模の大小こそあれ、これまで何度も似たような事件が起きている。イタリアの沿岸だけではない。地中海の全域で、自分たちの土地で暮らせなくなった人々が船を出している。その背後にある問題は、個別的には複雑な様相をみせているものの、こう言ってしまえるのだろう。つまるところそれは貧困の問題なのだと。

 

貧困こそは人々を危険な航海へと駆り立てる。大人ばかりではない。女も、なかには妊婦も、ちいさな子どもたちまでもが、生まれ育った故郷を捨てて、少しでも豊かな土地をめざす。もしかしたらという希望にすがりつかせる。しかも問題なのは、好き好んでそうするわけではない。そうするより他にないから、そのままでは暮らせないからそうするのだ。

 

こうした貧困が生み出す移民の問題は、今でこそアフリカの人々が主人公になっているように見えるが、かつてはイタリアでも日本でも見られた現象だ。イタリアも日本も移民の国だったのだ。そして世界中に散っていったぼくらの祖先は、かつて移民としての辛酸をなめて来た。同じように今、サハラの南から来て地中海を越えようとした人々もまた、同じような、もしかするとそれ以上の辛酸をなめている。海の底に沈んでしまった移民たちは、ぼくたちの祖先でもあるのだ。

 

そんな思いにとらわれているとき、フェイスブックに掲げられたひとつに詩が目に飛び込んで来た。その詩を日本語に訳してみようと思う。そして、あの多くの移民を乗せた船が、残して来た故郷と希望を託そうとした新天地のはざまの海の深くに横たわった姿を思い描いてみたい。そこに沈んでしまった人々の思いは、はたしてどんなものだったのかを考えてみたい。そんなグリーフワークが、袋小路に陥っているぼくらの時代を乗り越えてゆくための、大切な一歩になると信じて。

 

 

IL TRENO DEGLI EMIGRANTI 

 

Non è grossa, non è pesante

la valigia dell'emigrante...

C'è un po' di terra del mio villaggio,

per non restar solo in viaggio...

un vestito, un pane, un frutto

e questo è tutto.

Ma il cuore no, non l'ho portato:

nella valigia non c'è entrato.

Troppa pena aveva a partire,

oltre il mare non vuole venire.

Lui resta, fedele come un cane.

nella terra che non mi dà pane:

un piccolo campo, proprio lassù...

Ma il treno corre: non si vede più

 

Gianni Rodari, 1920-1980

 

移民たちの列車

 

大きくない 重くない

それが移民のカバン…

入っているのは ぼくの村の少しの大地

さみしい旅にならないように…

服とパンと果実がひとつづつ

それでぜんぶ

でも心は だめだ 持っては来なかった

カバンに入らなかったのだ

旅立つのが嫌で嫌で

海を越えては来たがらない

まるで忠実な飼い犬のように

パンを与えてくれない土地にとどまっている

ちいさな庭 まさにそこには…

でも列車が走る もう見えやしない

 

ジャンニ・ロダーリ(1920-1980)

 

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