「おらのママに歴史あり」の最終回(土曜日)、結局アキのおじいちゃん(蟹江敬三)は、一度は引退を宣言したものの、再び遠洋に出る漁船に乗り込むことを決める。そのときのセリフがこれだ。
おらは思っていたほどジジイじゃなかった。じじいと一緒いたら、夏さんもババアになってしまう。夏さんが、ババアになってしまうのは、たえられない。
もちろん脚本は、そうなることを予想させていたから、話の展開に驚きはない。それにも関わらずこのセリフにはぐっときた。
なにしろ、マグロの延縄漁業に漁師である忠兵衛じいちゃんは、1年に十日ほどしか帰ってこない。しかし必ず年に一度は帰ってくることが重要なのだ。そのとき夏(宮本信子)はいそいそと化粧をして、夫であり恋人であり客人である忠兵衛さんを迎えるのだ。けれども忠兵衛さんは、喜びだけでなく混乱ももたらす。なにしろ、この男、夏さんの繊細な女心なんてちっともわかっちゃいないのだ。
この風景、どこかで見たなと思ったら、あのフーテンの寅さんとそっくりだ。葛飾柴又は帝釈天の団子屋「とらや(くるまや)」に、ふたりと帰ってくる寅さんの物語は、突然の再会(出会い)と旅立ち(別離)を繰り返す。この反復こそは、寅さんの物語の変わることのない基本構造なのだが、同時にそれは、なにか変わらないものを表象してやまない。この変わらないものとは、共同体における「永遠」という時間性概念のことにほかならない。ぼくたちは、寅さんの帰郷によってハレの時間を反復する。それは、お盆の盆踊りと同じで、その反復によって共同体の時間性を保証するものなのだ。
だから、「あまちゃん」の忠兵衛さんと夏さんも、同じシーンを反復することになる。
忠兵衛が言う。
「ゆるしてくれ、(漁にでるのは)今年で最後にすんべ」
夏さんが応じる。
「去年も一昨年もそういっていた」
夏さんが言う。
「行け、行け、インド洋でもどこでも行け!もう帰(けえ)ってくんな」
忠兵衛が応じる。
「去年も一昨年もそういわれた」
忠兵衛を止めようとしない夏に向かって、娘の春(小泉今日子)が言う。
「ほんとにいいの」
夏が応える。
「去る者は追わずだ」
春があきれる。
「またそれだ」
ここにあるのは、同じものの反復なのだが、反復を重ねてゆくことが天野家の共同性を保証する。だからこそ忠兵衛は、心臓の悪いジジイだからと漁師を引退するわけには行かないし、夏もまた、身体が心配だからと引き止めることはできないのだ。
そんな天野家の年中行事には、したがって、ながらく家を離れていた春(小泉)もまた参加せざるをえない。だからこそ、父・忠兵衛の送迎会のときにはいつも歌っていた歌を、どうしても歌うことになってしまうわけだ。それが「潮騒のメロディ」という曲なのだが、この脚本の宮藤官九郎が作詞し、軽快で小粋なオープニング曲の大友良英が作曲した曲もまた、どこまでも反復に溢れている。そもそも「潮騒のメロディー」は、80年代に入る直前に出た高田みずえの実在のヒット曲と同じタイトル。しかもその歌詞を見てみれば、ほとんど冗談のように反復と引用だらけ。
「来てよ その火を 飛び越えて」とは三島由紀夫の『潮騒』からだし、「砂に書いた アイ ミス ユー」はもちろん、50年代のオールディーズのひとつ、パット・ブーンの『砂に書いたラブレター』(1957)。「北へ帰るの 誰にも会わずに 低気圧に乗って 北へ向かうわ」は、石川さゆりの『津軽海峡冬景色』(1977)のパロディで、「彼に伝えて 今でも好きだと ジョニーに伝えて 千円返して」と聞けば、ペドロ&カプリシャスの『ジョニーへの伝言』(1977) のことを考えて笑ってしまう。もちろん「波打ち際の マーメイド」は松田聖子の『小麦色のマーメイド』(1982)だよね。
だからぼくは、毎朝、「あまちゃん」を見ずにはいられないのだ。だって、ここには、人生が何度も同じシーンを繰り返すことで成り立っているという実に素朴な事実への、強い信仰表明があるのだから。
(参考:http://www.47news.jp/topics/entertainment/oricon/culture/126854.html )
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