雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

ぼくらの《まつりごと》のために(2)


2014年にこんな投稿をしている。気持ちが前向きだったのだと思う。ただ、前向きな気持ちは、投票の意味を考え直すうちに生まれた。投票とは「誓い」」だという言葉に辿り着いた時に、ああそれならばと思ったのだ。

その背後には「神を信じること credere in dio」があるのだけれど、それはすなわち「神のなかにあって信じること credere in dio」であり、だとすれば同じように投票する背後には「政治を信じる credere in politica 」があり、それはすなわち「政治のなかにあって信じること credere in politica」に他ならない。だって、ぼくらは都市(ポリス)でしか生きられないのだから、生きているかぎり都市の統治の術(ポリティカ=政治)のただなかで生きるしかないのだ。

hgkmsn.hatenablog.com

あれからはもう8年前。いままた投票の時期が来た。そんなに前向きな気持ちではないのだけれど、淡々と投票するんだろうなと思う。それでも、ある種の同調圧力で投票するのだけはやりたくない。かつて誓いの行為ならばぼくにも自発性があると思ったことに加えて、参院選に投票することはどういうことなのか、少しだけ考えてみた。

あたりまえのことを少し整理しただけだけど、それでも見えてくるものがあった。そういうことなのかと納得したりもしたのだけれど、ぼくが整理してみた理想は、いつものように、現実とは遠いところにある。この距離の中で、ぼくらは誓いを立てるように、投票するしかないのだろう。

石ころを少しだけ動かすように、ぼくらは誓いを立てるのだ。それだけでも、ずっと先には世界が大きく変わるかもしれないのだから。

note.com

 

 

戦争・ストーリー・そしてワイン


 戦争はストーリーから始まる。戦争とはストーリーの戦いでもある。どこにいて、どの言葉で、どのストーリーを聞くか。それによって戦争の姿が変わる。

 

 たとえばイラク戦争(2003-2011)。それは大量破壊兵器を隠し持っているというストーリーから始まった。サダム・フセインを極悪人とするだストーリーが正義を訴える。ところが、ウィキーリークスがその正義を覆す。民間人虐殺の映像やレポートが暴かれたとき、みずからの正義をひっくりかえされた国は、総力を上げてジュリアン・アサンジを沈黙させる。その沈黙に耳を傾けるとき、行間からのストーリーが立ち上がる*1

 

 それより以前、あの湾岸戦争(1991)もまたストーリーから始まった。ナイラという名の少女がイラク軍の野蛮を証言して曰く、爆弾や銃で民衆を襲撃し、病院施設から新生児を連れ出し、抵抗すれば拷問される、と。このストーリーに激怒し正義を求める声があがる。その声に後押されて、それまで聞いたことのない多国籍軍と呼ばれる軍隊が、十字軍さながらイラクに侵攻した。戦争がその目的を果たしたころ、ナイラという名の少女は別人だったと語られる。すべてはクエート政府とアメリカの広告会社が描いたストーリーだったというのだ*2フォークランド紛争(1982)でもストーリーが戦っている。ヴェトナム戦争(1955-1975)も朝鮮戦戦争(1950-1953)もそうだ。

 

 そして第二次世界大戦における日本への原爆投下もまたストーリーから始まる。その始まりはナチス・ドイツ核兵器保有するかもしれないというストーリーだった。亡命ユダヤ人の物理学者たちによる信書が発端となり、1943年にはマンハッタン計画(1943-1946)が始動。1945年3月にはドイツに原爆開発がないことが判明するが、すでに莫大な予算を注ぎ込んだ計画を止める力がない。7月16日にはトリニティ実験に成功、人類は初めて核の閃光とキノコ雲を目撃することになる*3

 

 驚異の新兵器の誕生に、その使用反対の声も上がる。トルーマン大統領も「原爆の投下場所は、軍事基地を目標にする事。決して一般市民をターゲットにする事がないように」と記している。しかし、「広島は軍事都市である」というストーリーのもと、8月には広島にリトルボーイ、長崎にファットマンが投下される。2発の原爆によって何百もの兵士の命が救われたというストーリーが語られるアメリカ。8月になるたびに広島と長崎の名前とともに悲痛なストーリーを想起する日本。

 

 同じような話はドイツにだもある。1945年3月の無差別空爆によって破壊されたドレスデンもまた、決して軍事都市なんかではなかった。それは破壊のための破壊であり、爆撃した側からさえ疑問の声があがる。ヴォネガットジョージ・ロイ・ヒルの『スローターハウス5』のストーリーを読め/見よ。その「So it goes(そんなものさ)」という諦めにも似た言葉が、ストーリーたちの抗争から飛び出して来て、予想どおりに予想のつかないもののありかをマークしていることを知るべきなのだ*4

 

 まさか、この期におよんで「真実があるじゃないか」なんて言う人はあるまいね。その「真実」こそがストーリーのひとつなのだよ。そうではあるのだけど、だからとって「真実がある」ことの実効性を否定するつもりはない。この真実なるものをめぐるストーリーの抗争のそのただなかで、あの歴史家と呼ばれるストーリーのエキスパートたちが生まれるのだ。歴史家たちは、まるでプラトンの掲げるイデアのように、あの「歴史的事実」を掲げ、それを掘り起こし、錬成し、形を与えて、提示しようとしてきた。けれども実のところ、彼らもまたストーリーの読み手であり、語り手であるにすぎない。

 

 ストーリーを通してストーリーの真実を掘り起こし、真実とされたものの虚偽をあばき、新たな真実を紡ぎ出す。そんな「語り」と「騙り」は同じコインの裏と表。ストーリーそれ自体は善でも悪でもなく、それだけでは真でもなければ偽でもない。コインの市場のように、ストーリーは共同体に流通し、都市を立ち上げ、その境界を超えて、拡散してゆく。こうしてストーリーは都市と都市の間に流通し、流通のなかで価値を生む。信じたり、信じなかったり、楽しんだり、悲しんだり、怒ったり、感動したりと、ぼくらはストーリーによって自由になったり、奴隷になったりしながら生きている。

 

 ストーリーって、なんだかワインのようではないか。長く、多くに聞かれるものが良いストーリーならば、長く、多くの人に飲まれるものは良いワインかもしれない。たとえそのストーリーやワインに微量が毒が混入していても、聞かれている限り、飲まれている限りは売れる。儲かる。売れて儲かる限りは良いワインであり、良いストーリーなのかもしれない。

 

 ただ、忘れてはならないことのは、ワインが葡萄からできるように、ストーリーにもまた「葡萄」があるということだ。ワインが葡萄からできるのなら、ストーリーの背後には必ず生きた人間がいて、その生活があり、生き死にがある。それを人生と呼ぶのなら、あらゆるストーリーは「人生」から出来ている。けれど、あらゆるストーリーが「人生」から作られるのではない。たとえばワインなら、葡萄からでなくても作ることができる。どこかからバルクワインを買って来て、少々添加物をいれれば、それはそれで、美味いワインができあがる。

 

 ストーリーも同じだ。誰かのストーリーをもらってきて、そこに少々の脚色を加えれば、売れるストーリーができるのだろう。ただし、ワインが本物の葡萄以外を用いるとき、その添加物には毒が入っていることがある。ワインの毒のように、ストーリーにも毒がある。たとえば脚色だ嘘だったりすることには注意が必要だ。毒が入りすぎたワインが頭をくらくらさせて体を蝕むように、嘘が入りすぎたストーリーは人を苛立たせ、怒らせ、武器をとらせて殺し合いをさせることになる。

 

 そういえば「ワインは葡萄からでもできる」(Il vino si fa pure con l’uva.)というセリフがある。ジュゼッペ・トルナトーレの『みんな元気』(1990)のなかで、マストロヤンニが言うセリフだが、それはこんな話だった。大きなワイン醸造所の主がベッドで亡くなろうとしている。息を引き取る直前、息子たちを枕元に呼び寄せると、か細い声でこう言ったという。「息子たちよ、ついに最大の秘密を打ち明けるときが来た。決して他言してはならぬ。よいか、ワインというのは葡萄からもできるのだ」と。この小話は何世代にもわたってシチリアで伝えられてきたものだという。どこが面白いのか。「ワインが葡萄からできる」のは当たり前。それを「葡萄から・も・できる」というのだから、「葡萄以外のものから・も」作られているということになる。

 

 この映画を見た当時、まだ「ジエチレングリコール混入ワイン事件」(1985年)の記憶が新しかった。オーストリア産ワインに毒物であるジエチレングリコールの混入が発見され、そのワインを輸入したドイツや日本で大きなスキャンダルとなった。スキャンダルは味のために毒物が混入していたというだけではない。自国のワインに外国からのバルクワインを混ぜることが慣例だったことが明らかになったこともある。その背後には、安く安定した品質のワインを求める消費者がいる。安くて上手ければどんどん買う。どんどん売れればどんどん作る。いきおい、有毒な添加物の混入を招いてしまったわけだ。

 

 『みんな元気』でこのセリフを聞いたとき、すぐに思い出したのはこの事件なのだけど、それだけはない。ぼくらはだれだって、最初は葡萄からワインを作っていた。やがて葡萄以外のものも使い始める。それは、醸造するときのタルの工夫だったり、瓶詰めするときにコルクを使う工夫だったり、美しいラベルをつけることだったり、独特のネーミングを考えることだったりもする。そもそもワインというものは、葡萄だけで作られるものではない。葡萄を収穫し、醸造し、販売する作り手や売り手がいて、その人々が作り出した葡萄酒にあった料理を食卓に準備し、集い、特別な機会として楽しむ買い手や飲み手がいなければ、ワインができることはない。ワインがあるということはすでに、葡萄以外のものが働いているということにほかならない。

 

 だからワインにとっての葡萄とは、ストーリーにとっての人生のことなのかもしれない。どんなストーリーにも人間の生活がある。だからストーリーは、ワインが葡萄からできるように、生活からできる。それだけではない。自分の生活だけではなく、誰かの生活も入って来るだろうし、遠く離れた場所や、違う時代の生活や、想像上の未来や、まったくの空想上の生活だってはいってくるはず。少しばかり脚色だってあるだろう。

 

 脚色しすぎると毒になる。けれど脚色がないと味気がない。そして、いつのまにか、刺激たっぷりのストーリーが流通する。気がつけばそれが人生からできていたことを忘れてしまう。そのとき、あの昔ながらのワイン醸造家の主人が、息子たちに語って聞かせる秘密の開示を思いださなければならない。それは「ワインは葡萄からもできる。それが最高のワインだ」というシンプルな道理だった。これを忘れていた息子たちのように、ぼくらにもまた忘れてしまった道理がある。それはたぶん、小話によって想起されるものなのだろう。

 

「息子たちよ、ついに最大の秘密を打ち明けるときが来た。決して他言してはならぬ。よいか、ストーリーというものはホンモノの人生からだって語りおこすことができる。そしてそれが最高のストーリーなのだ」。

 

 それにしても、今際の際にそんな秘密を開示してくれるのは、いったい誰なのだろうか。

 

 

 

 

 

*1:例えば RaiPlay のこの番組。

www.raiplay.it  

*2:

ja.wikipedia.org  

*3: ローラン・ジョフィのこの映画を参照:

filmarks.com  

*4:

filmarks.com 

イタリアの映画、映画、映画...

 今年はイタリア映画のことを話しまくります。なにしろ、2月18日に日伊協会のオンラインセミナーで「パゾリーニ100周年」を話し、3月5日には新宿朝カルでヴィスコンティ(7)、おなじ3月に話すはずだったモリコーネの三回目は、例の「小人19」のおかげで延期となったものの、直前まで準備をつづけ、さらに4月16日は「ソッレンティーノの世界」を横浜でお話してきたところ。

yasujihp.wixsite.com

yasujihp.wixsite.com

 さらにその後も、今年はほぼ月一回のペースでイタリア映画のあれこれを話すことになりそうです。

 日伊協会ではイタリア映画の歴史を話します。去年はサイレントからトーキーまでを話したので、今年はファシズム期の映画をロッセッリーニ(5月)、デ・シーカ(7月)、ブラゼッティ(9月)の3人の監督の作品でふりかえります。

yasujihp.wixsite.com

 新宿の朝カルではヴィスコンティ話の続き。なにしろ話がつきませんからね。6月には『ルートヴィヒ』。8月にはたぶん『若者のすべて』を取り上げるつもりです。

yasujihp.wixsite.com

 立川の朝カルは「イタリア映画を聴く」シリーズを続けます。次回はニーノ・ロータ

yasujihp.wixsite.com

 いはやは、なんだか目が回りそうです。でも、ぼくが個人的にもっと知りたいな。観ておきたい。観直してみたい。もっと深くしりたい。裏を読んでみたい。そう思ってきたテーマばかり。さてはて、どんな話になることやら。実はぼくにもわかりません。きっと話してみるまでわからないのだと思います。

 とういうわけで、ご関心おありの方はぜひ。

 以上、宣伝でした。