雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

コロナウイルス雑感

Atom Heart Mother  (Remastered Discovery Edition)

東京でもマスクが売り切れているといいます。311のときミネラルウォーターが店頭から消えたことを思い出しますね。あのときは放射能汚染でしたが、今回はコロナウイルスがひき起こしたちょっとしたパニックというわけです。

 放射能とかウイルスとか、ぼくらはとかく、その名前だけに怖がってしまうもの。ぼくも放射能にはまいりました。知っているつもりが、実は何も知らなかったということに気づいたのは、恥ずかしながら、あの事故のときでした。

 今回はウイルスということで、知っているつもりが、なんだかみんな怖がっています。みんなが怖がると、ぼくもやはり不安になります。こういうときは鉄則は、ちゃんとお勉強することです。

そこでとりあえず、ネットの情報をたぐりながら、人間にとってのウィルスは、どのように捉えられてきたのか、少し調べてみました。

 

1. ウイルス発見の小史。

ウイルスのように姿の見えない生物(生物ではないという見解もありますが、それはおいて)のことを微生物といいます。この微生物の最初の発見は1674年、オランダのアントニ・ファン・レーウェンフックが顕微鏡で微生物を目にしたところに求められます。彼は顕微鏡で「精子」も見たそうです。

ここで重要なのは、世の中には目に見えない生き物がいるということ。この見えない生き物は細菌と呼ばれることになります。この細菌の研究を推し進めたのがフランスのパスツールと、ドイツのコッホですね。コッホのほうは、炭疽菌結核菌、コレラ菌の発見者です。パスツールは牛乳やワインの腐敗を低温殺菌法(パスチャライゼーション)を開発、狂犬病を予防する予防接種を開発しますが、実は狂犬病がウイルスによるものであるとは知らないままにワクチンを開発していたわけです。

ウイルスの存在が知られるのは、19世紀のおわりごろで、細菌を濾過したはずのに、悪さをするものが残っていることがきっかけで、「通過性病原体 filterable virus」などと呼ばれることになります。濾過器を通過する毒素(virus)ということですね。その毒素(ウイルス)の姿が確認されるのは、1935年のこと。アメリカのウェンデル・スタンリー がウイルスの結晶化に成功し、その姿を電子顕微鏡でとらえたのです。

 

2. ウイルスとは何なのか?

ウイルスとは、生物に悪さをする毒素です。それは細菌のような微生物よりも小さい病原体ですが、生物とは言い切れないようです。というのも、生物は細胞を一つの単位として持ちますが、ウイルスは細胞よりも小さく、細胞のなかで遺伝情報を伝える細胞核だけでできたような存在です。構成としてはタンパク質による外殻と遺伝子情報を担う核酸RNAかDNAの一方)を持ちます。

遺伝子情報があるのだから生物のようですが、ウイルスは細胞からなる生物と違って、代謝機能を持たず、単独で増殖することができません。ひとりではエネルギー源もなく増殖もできないのですから、ほとんど非生物と同じなのですが、ウイルスの賢いところは、ほかの生物の細胞に寄生して、その細胞のエネルギーを利用し、みずからの遺伝子情報を使って増殖するのです。

つまり、単独では非生物ですが、寄生することで生物にように振舞う存在。それがウイルスというわけです。

 

3.ウイルスの感染

 ウイルスは生物に寄生することで生き残ろうとします。うまく共生することもあるのですが、多くの場合、寄生された生物に不都合が生じます。ウイルス感染です。

ウイルス感染とは、ウイルスが生物の細胞を乗っ取った状態です。ウイルスに乗っ取られた細胞は、これに抵抗して、細胞周期停止、あるいはアポトーシス(細胞死)を引き起こします。乗っ取られた細胞をすべて自殺させてしまえば、ウイルスを排除できるという戦略なのです。

これに対してウイルスは、細胞の自殺を食い止めようとします。アポトーシスをやめさせるわけですが、それはすなわち細胞を不死にすること。つまりガン化です。ウイルスは、細胞をガン化させて、細胞の浄化システムであるアポトーシスを停止させてしまうのです。

けれどもウイルスにとって都合がよいのは、感染が持続することです。宿主を殺してしまっては自分も増殖できません。ひとつの個体がだめになっても、なんとか別の個体に寄生できればよいわけです。ですからウイルスは戦略的に感染を拡大させようとします。感染は持続すればするほど都合がよい。感染の持続は、寄生の持続であり、寄生の持続はウイルスの生き残りの鍵なのです。

 

4.生物の免疫

非細胞生物であるウイルスのこうした生存戦略に対して、細胞生物のほうも黙っているわけではありません。生物学的には、ウイルスに対する細胞生物の防御はかなり念入りなものになっています。

細胞生物は、まず物理的な障壁を持っています。皮膚や粘液など、外界と接触する場所には厳重なシールドがほどこされていますから、そうかんたんにウイルスの侵入を許しません。万一内部に侵入されたとしても、ほとんどの生物が先天的に備えている免疫システムがウイルスの感染を許しません。

この2重防御システムを通過された場合でも、脊椎動物には第三の免疫システムがあるといいます。つまり、ひとたびウイルスに感染しても、うまく生き残ることができたならば、免疫記憶が残って、再度の感染を防ぐわけです。

 

5. ワクチン

この免疫記憶を利用したものがワクチンです。これは天然痘の感染を防ごうとして、1796年にジェンナーが8歳の子どもに「牛痘」を種痘したことから来ています。「牛」のことをラテン語では vacca と言いますが、その形容詞 vaccinus がワクチン(vaccine)の語源的な由来です。

ジェンナーは経験的に、牛痘を感染した者が天然痘にかからないことから、その種痘を始めるわけですが、それは結果的に、免疫記憶という脊椎動物に特有のウイルスに対抗する防衛システムを利用するものでした。

人は初めて経験するウイルスには免疫記憶がなく、うまく抗体を作れないので、発熱や細胞のアポトーシスなどの自然免疫システムをフル稼働させて戦わなければなりません。この戦いには体力が必要で、小さな子どもやお年寄りには、たいへん過酷なものになります。

しかし、ワクチンによって免疫記憶を与えることができれば、そんな過酷な戦いを避けることができるわけです。

 

6. 生物兵器コロナウイルス

 ジェンナーが見出した種痘という方法で、天然痘はすでに撲滅されています。ウイルスがいなくなってしまうと、人間にはそのウイルスとの免疫記憶がなくなってしまいます。そこを悪用して武器として使おうというのが生物兵器としての天然痘ウイルスです。そんなものをばら撒かれたらたまりませんから、そういう悪い輩に対抗するため、世界の軍事施設では万一に備えてワクチンを作るための種を保持していると聞きます。

おバカな話だと思いますが、それはあくまでに生物としての人間にとって。天然痘ウイルスにとっては、みずからの種を保存してくれるのですから、願ったりかなったりではないでしょうか。あとは、ばかな人間が、ほかの人間にばら撒いてくれるのを、ただじっと、安全なガラス瓶のかなで、待っていればよいというわけです。

一方で、今話題になっているコロナウィルスもまた、人間が免疫記憶を持たないものです。発生源はコウモリとの接触武漢の市場で売られていたようですから)と言われています。そこで人間は免疫記憶のない新しいウイルスを接触してしまったようなのです。

ただニュースにもあるように、感染しても重症化しなかった人も多いわけです。それはつまり、ぼくたちの自然免疫システムが、ちゃんと機能していることを示してくれています。もちろん、この新しいウイルスとの戦いは始まったばかりです。しばらくは大変でしょうが、その時期さえ乗り越えて、リソースさえあれば、ワクチンの開発は時間の問題かと思われます。

 

7. ぼくたちにできること

 そのあいだぼくたちにできることは、まずは手洗いとうがい。ともかく体に入れないようにすること。ウイルスもまたタンパク質でできているものですから、大概のものは煮沸すれば滅殺できますし、エタノールなどの薬品で消毒できます。

マスクもあるていど有効でしょうけれど、買いだめに走るくらいなら、早寝早起きをして、きちんと加熱された食事をとって栄養をつけるほうが大切でしょう。体力をつけておけば、いざとなっても自然免疫システムが機能してくれます。

ただし、体力のない子供やお年寄りは注意が必要です。まずは物理的な感染をさけるようにするのが一番。あとはワクチンが開発されるのを待つしかありません。

それにしても、これってなんだか、3・11の放射能汚染のときの最終的な結論に似ていますね。不安がるよりも、冷静に、日常生活を続けることが大事というわけです。

 

余談ですが、冒頭の「牛」はワクチンの語源をイメージしたもので、ぱっと思いついたこのアルバムから借用しました。

 

深い意味はありません。

 

ただ、あの「太陽のもとでは全てがアンダーコントロール状態だけど、太陽って月に食べられるんだぜ」というフレーズは、もしかすると、ぼくたち細胞生物とウイルスという非細胞生物の関係と少し似ているのかもしれません。

 

Atom Heart Mother  (Remastered Discovery Edition)

Atom Heart Mother (Remastered Discovery Edition)

  • アーティスト:Pink Floyd
  • 出版社/メーカー: Parlophone (Wea)
  • 発売日: 2011/09/26
  • メディア: CD