雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

トリルッサ『戦争の子守唄』(1914年)訳してみた

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/it/3/3a/Trilussa_15.jpg

 

ここのところご無沙汰しているブログですが、今日はイタリアの詩をひとつ訳しておこうと思います。詩のタイトルは La ninna nanna de la guerra (戦争の子守唄) です。

 

この詩を訳さなければと思ったのには、今月13日の金曜日以来の世界情勢があります。その日、ぼくはちょっとした手術のため入院していました。手術が無事終わり、ベッドで休んでいたときのこと。iPad に次々と不気味なツイートが飛び込んで来ます。パリのスタジアムで爆発/コンサート会場に銃を持った連中が立てこもる/人質が次々と殺されている/複数のレストランで銃が乱射され死傷者が出ている… えっ、なんだこれは?

 

そう思ったツイートは、あの「11.13 パリ同時多発テロ事件」を知らせるものでした。その後オランド仏大統領は、緊急事態を宣言して国境を閉ざし、プーチンと歩み寄ってシリア領内での空爆を強化、「イスラム国と戦争状態にある」と宣言しました。一国の元首が「戦争状態にある」と宣言する姿には既視感があります。14年前の「9.11 ニューヨーク同時多発テロ」ですね。あの時も米大統領であったブッシュ・ジュニアが「戦争状態」を口にしましたが、その直後、愛国法が施行され、対外的に軍事力が展開されました。その「テロリズムに屈しない」という言葉とともに始まったものこそ、「対テロ戦争 War on Terror 」と呼ばれるものでした。

 

今回、オランド大統領が宣言したのも明らかに「対テロ戦争」です。これは、「テロリズムに対するグローバルな戦争 Global War on Terrorism 」とも呼ばれるように、グローバル経済の時代の戦争です。それはつまり、地球規模で影響のある戦争だということです。

 

実際、一連の出来事は、遠い日本のぼくの仕事にも影響しました。来年3月に予定されていた某学校のイタリア研修旅行が中止になったのです。ぼくはイタリア語研修授業を担当するはずだったのですが、「今年もまた中止になって残念です」というメールを受け取り、「仕方ないですね」と返事をするほかありませんでした。

 

研修旅行の中止は今年3月のものに続いて2年連続となります。中止の原因は、今年1月7日にパリで起こったシャルリー・エブド襲撃事件と、その後すぐに騒ぎにとなったISによる後藤健二さんたちの誘拐拘束事件でした。この時は、何も中止にしなくても良いのにと納得の行かないものを感じたのですが、さすがに今回のパリのテロ事件では「仕方ない」と思ったのです。

 

今朝のニュースを見ても、ロシアの戦闘機がトルコに撃墜されたと報じられました。トルコは領空侵犯機を撃墜しただけだとしていますがロシアは裏切り者に背後から刺されたとトルコを非難しています。実にキナ臭い事態なのですが、パリのテロ事件からの展開の早さは、明らかに空気が変わってきたことを感じさせて、不気味です。

飛び込んでくるニュースは、どれもビックリするものばかり。あまりに深刻な内容であるために、どうやらぼくらの感覚は次第に麻痺してきているようです。キナ臭くなっている時代の空気に慣れてしまうのは危険です。必要なのはなんとか距離を取ること。

 

ぼくにその距離を取らせてくれたのが、今、イタリアの SNS で話題になっている La ninna nanna de la guerra (戦争の子守唄) という詩だったのです。作者はトリルッサとして知られる詩人カルロ=アルベルト・サルストリ。この子守唄という体裁をとった詩を書いたのは、今から101年前の1914年。ヨーロッパで世界大戦が始まり、イタリアはまだ中立を保っている頃のことです。そんな中、このローマの詩人は、世界で起こっていることを子守唄に歌って子供に語って聞かせようとしたわけなのです。

 

まずは俳優ジージ・プロイエッティによる見事な朗読をご覧ください。朗読の前に、彼はこんな注意をしています。自分はこの詩を笑顔で読むけれど、それはこの詩が子供に受けられた子守唄だから。けれどもその内容は、とても笑顔で読めるものではない、と。

 

www.youtube.com

 

では訳詞をどうぞ。

 

(この朗読では、トリルッサの詩の最初の10行が飛ばされています。1914年という時代を感じさせる部分で、ドイツ皇帝とオーストリア皇帝に対する辛辣な政治的なあてつけになっているものですが、以下の翻訳にはそこも訳しておきました)。

 

 

戦争の子守唄(トリルッサ作、1914年)

 

Ninna nanna, nanna ninna,

er pupetto vò la zinna:

dormi, dormi, cocco bello,

sennò chiamo Farfarello

 

ねんねこ ねんねこ

赤児のほしがるおっぱい

ねんねこなさい かわいい子

さもなきゃ呼ぶぞ、小さな悪魔 *1 

 

Farfarello e Gujermone

che se mette a pecorone,

Gujermone e Ceccopeppe

che se regge co le zeppe,

co le zeppe dun impero

mezzo giallo e mezzo nero.

 

小さな悪魔と大きなグリエルモ*2

頭を下げてへこへこと

大きなグリエルモとチェッコペッペ*3

その身を支えてれるのは継ぎ接ぎの木片

その木片がつなぐ帝国は

はんぶん黄色ではんぶん黒*4

 

Ninna nanna, pija sonno

ché se dormi nun vedrai

tante infamie e tanti guai

che succedeno ner monno

fra le spade e li fucili

de li popoli civili

 

 

ねんねこなさい 眠るがよい

眠ればお前は見ずにすむ

世界に溢れる

多くの非道と災難を

剣や銃を持つのはなんと

文明的な諸国民

 

Ninna nanna, tu nun senti

li sospiri e li lamenti

de la gente che se scanna

per un matto che commanna;

che se scanna e che s'ammazza

a vantaggio de la razza

o a vantaggio d'una fede

per un Dio che nun se vede,

ma che serve da riparo

ar Sovrano macellaro.

 

ねんねこすれば聞こえない

あの吐息も あの嘆き声も

人々が首を掻きあうのは

どこかの狂人が命令するから

首を掻きあい 殺しあうのは

民族の利益のため

あるいは何かの信仰のため

姿の見えないどこかの神様は

うまい隠れ蓑として

屠殺屋の元首が利用するのさ

 

Ché quer covo dassassini

che c'insanguina la terra

sa benone che la guerra

è un gran giro de quatrini

che prepara le risorse

pe li ladri de le Borse.

 

人殺したちの隠れる巣窟

われらの大地を血で汚し

よくわかっているのだ戦争で

大きくお金の動くこと

お金が動いて儲かるは

国庫をあずかる泥棒たち

 

Fa la ninna, cocco bello,

finché dura sto macello:

fa la ninna, ché domani

rivedremo li sovrani

che se scambieno la stima

boni amichi come prima.

 

おやすみなさい かわいい子

大騒ぎの続く間だけでも

眠っているのだ 明日になれば

また元首たちが集まって

互いに敬意を表しあい

以前のように仲直り

 

So' cuggini e fra parenti

nun se fanno comprimenti:

torneranno più cordiali

li rapporti personali.

 

いとこ同士も同然で 親戚だから

遠慮することもない

これまでよりも親密な

人間関係にまた戻るのだろう

 

E riuniti fra de loro

senza l'ombra d'un rimorso,

ce faranno un ber discorso

su la Pace e sul Lavoro

pe quer popolo cojone

risparmiato dar cannone!

 

再び手を取り合うとき

良心の呵責を微塵も感じることなく

あの人たちはみごとな演説で

「平和」や「労働」を訴えるのだろう

そのとき人民はコケにされているのさ

せっかく砲弾を生き延びたというのにね 

 

参考にしたのはこのサイトです。

www.antiwarsongs.org

 

*1:ファルファレッロ:ダンテの神曲に登場する悪魔のこと

*2:ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世

*3:オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世

*4:オーストリア帝国の2色旗のこと