雲の中の散歩のように

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『ジャージー・ボーイズ』(2):娘に捧げる父の歌

ジャージー・ボーイズ オリジナル・サウンドトラック

 

ジャージー・ボーイズ』のストーリーは1951年に始まる。その年、ボーイズたちが憧れるフランク・シナトラエヴァ・ガードナーと結婚する。しかも離婚してすぐの再婚だ。

 

シナトラとガードナーの交際が発覚したとき、シナトラには妻ナンシーと3人の子供がいた。イタリア系の幼馴染みでカトリックだから、もちろん離婚なんてとんでもない。しかしシナトラは離婚を強行し、ファムファタール役で知られる女優と結婚する。

 

ガードナーがシナトラにとっても魔性の女だったなどと言うつもりはない。でも、ちょっとうがった見方をすると、シナトラはもしかすると、この離婚と再婚によって自分が引きずってきたカトリック的なものから、さらに抜け出そうとしていたのではないだろうか。なにせこのころのシナトラは喉を患って、かなりのスランプにあったらしい。ところがナンシーと離婚、ガードナーと再婚して数年後、フレッド・ジンネマンの『地上より永遠に』の演技でアカデミー賞助演男優賞を獲得し、「奇跡的なカムバック」を果たす。ただし、この映画でシナトラが演じたのがイタリア系アメリカ人兵士の役であるのは皮肉だ。結局のところ、イタリア系というのはどこまでもついてまわるということかもしれない *1

 

一方、『ジャージー・ボーイズ』の主人公のひとり、フランキー・ヴァッリの場合は、自分の出自から逃げ出すことはない。どれほど成功しようが、いつでもジャージー流を貫き通そうとする。ただし、デ・ヴィートのそれとは反対側のまっとうな道だ。デ・ヴィートの借金を肩代わりしたのもそうだが、家族についてもヴァッリはジャージー流。妻がどんなに荒れていようが、外で愛人を作ろうが、彼は頑なに夫であり父であり続けようとするのである。

 

そんなヴァッリの「頑なさ」には、どうしてもクリント・イーストウッドの面影がちらついてしまう。とりわけ、家出する娘とのエピソードでみせるヴァッリの「頑なさ」が、その愛する娘の唐突な死によって粉々になってしまうところは、この映画の「母なるシーン scena madre 」と呼んでもよいのだろう。

 

この娘の死をめぐる描写から、ヴァッリが立ち直ってゆくところの演出は実に簡潔で見事。決め手はこのエピソードを、あの名曲 "Can't take my eyes off of you” で締めくくったところ。しかし、ここに、少しばかり気になったことがある。演出ではなく、演技でもない。字幕なのだ。

 

"Can't take my eyes off of you" の冒頭のフレーズはこうだ。

 

You're just too good to be true

Can't take my eyes off of you 

 

字幕にはこうある。

 

夢のように美しすぎて

君から目が離せない 

 

字幕の日本語としては文句なし。短いし意味もはっきり伝わってくる。なにせこの曲、日本語のタイトルは『君の瞳に恋してる』だから、ラブソングとしてはこういう訳にするしかない。実際、映画なかのヴァッリのセリフにも、たしか、こんな状態で「ラブソングなんて歌えないよ」とか言われていたし、ちょっとイタリア語の翻訳サイトも調べてみたのだけど、たいてい同じような訳になっている。例えばこれ。

 

Sei troppo bella per essere vera

Non posso toglierti gli occhi di dosso

 

原詩の good はイタリア語でも bella (美しい)と訳されているから、 「本物であるには美しすぎる」ということになる。目に前にいる女性があまりにも美しいので現実とは思えないというのだから、日本語訳の「夢のように美しい」というのも、悪い訳ではないのかもしれない。

 

ところがぼくは、映画を見ながらこの字幕に違和感を覚えてしまったのだ。too good がどうして「美しすぎて」となってるのだろうか。はたしてフランキー・ヴァッリは本当に、夢のように美しい女性へラブソングを歌っていたのだろうか。

 

ぼくにはとても、この曲はラブソングには聞こえなかった。少なくとも映画の文脈においては、とてもヴァッリが美しい女性への恋心を歌っているとは思えなかったのだ。なにしろ彼は、このとき娘を亡くしたばかり。それもグレ始めた彼女をなんとか立ち直させようとして、うまくゆきはじめたその瞬間に悲報が届けられたのだ。

 

そんな父親が、ラブソングを歌うのだとすれば、それは他ならぬ娘への愛ではないのだろうか。もしかすると、この曲の冒頭の you’re just too good to be true というときの You とは、娘のことなのではないのだろうか。

 

そう考えてみると、good の訳が「美しい」というのは、やはりしっくりこない。そもそもこの形容詞の意味は広い。もちろん、人の「美しさ」も言うのだろうけれど、そもそもは内面的な「よさ」や「やさしさ」、あるいは「善良さ」を示すものではないのだろうか。

そんなことを考えながら、思い切ってこの曲を父親が娘のことを歌う歌として以下に訳出してみることにする。ぼくは英語の専門家でもなんでもないけれど、こういう意味にとれば『ジャージー・ボーイズ』のあの「母なるシーン」にぴったりじゃないか、なんて考えながら訳してみた。

 

www.youtube.com

 

娘よ おまえは 夢のようによい子だ

だから 父さん 目を離すことなんてできやしない

おまえがいてくれれば 天にものぼる心地

からしっかり 抱きしめてやりたいんだ

だってようやく和解したんだろ

ああ生きていてよかったって神様にお礼を言わないと

娘よ おまえは 夢のようによい子だ

だから 父さん 目を離すことなんてできやしない

 

You're just too good to be true.

Can't take my eyes off of you.

You'd be like heaven to touch.

I wanna hold you so much.

At long last love has arrived.

And I thank God I'm alive.

You're just too good to be true.

Can't take my eyes off of you.

 

 

ごめんよ、つい見つめてしまって

かけがえないおまえのことだからね

見ているだけで 父さんはもうメロメロさ

もう話すべき言葉さえ思い浮かばない

でももしおまえが 父さんのように思ってくれるなら

お願いだ 夢じゃないって言っておくれ

おまえはよい子すぎて夢みたいだから

とても目を離すことができないのさ

 

Pardon the way that I stare.

There's nothing else to compare.

The sight of you leaves me weak.

There are no words left to speak.

But if you feel like I feel.

Please let me know that it's real.

You're just too good to be true.

Can't take my eyes off of you.

 

大切な娘よ もしもよかったらでいいんだ

孤独を感じる夜に 暖かい気持ちさせてほしい

大好きな娘よ 「OK」と言うときの父さんを信じておくれ

かわいい娘よ 祈ってるよ がっかりさせないでおくれ

かわいい娘よ せっかく生まれてくれたんだ 逝かないで

もっとおまえを大切にさせてほしい

もっと好きでいさせてほしい ああ、娘よ

 

I need you baby, if it's quite all right,

I need you baby to warm a lonely night.

I love you baby. Trust in me when I say, "OK." (it's OK)

Oh pretty baby, "Don't let me down," I pray.

Oh pretty baby, now that I found you, stay.

And let me love you, oh baby let me love you, oh baby...

 

 

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*1:ウィキペディアによれば、この役を獲得するときの黒いエピソードをマリオ・プーゾが『ゴッドファーザー』に描いたことでシナトラは激怒したらしい