雲の中の散歩のように

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戦後70年:ふたつの「まぼろし」のあいだで

今朝、後藤健二さん殺害の報が流れた。

 

昨晩ぼくは奇しくも吉本隆明の「軍国青年の50年」(『背景の記憶』所収)を読んでいた。奇しくも、というのは後藤さんのニュースが、吉本の文章に響き合うように感じたからだ。どんなふうに響き合うのか、それを少し書き留めておこうと思う。

 

この「軍国青年の50年」(1991年12月)という文章で吉本は、目の前で起こっている湾岸戦争を冷静に見つめている。そして、フセインイラクには、その50年前に真珠湾攻撃に打って出た日本の「まぼろし」を見るようであり、ブッシュに率いられる多国籍軍には、かつても今も変わることのないアメリカの「まぼろし」を見るようだという。

 

そんな文章に触れた翌日、後藤さん殺害のニュースが飛び込んできた。IS(イスラム国)による映像の公開。胸をえぐられるような痛み。テレビで誰かが「これは日本の 9.11だ」と叫んでいる。「アメリカの 9.11」がイラク戦争への引き金だとすれば、この「日本の 9.11 」は何かの引き金になってしまうとでも言いたいのだろうか。

 

吉本は、湾岸戦争の引き金となったイラクのクエート侵攻について、「前後の見境も先の見通しもなく、その場限りの溜飲をさげる」ような愚行だと記す。そしてそこに、50年前に真珠湾攻撃に出た日本の「まぼろし」を見ている。湯川さんに続き、後藤さんが殺害されたことは、それもまた「前後の見境も先の見通しもなく、その場限りの溜飲をさげる」ような愚行であるならば、ぼくがそこに見るのは、吉本の言うところの、かつての日本の「まぼろし」なのだ。

 

吉本は言う。かつての日本も、フセインイラクも、「戦争にもならない安っぽい戦争をして民衆の多数を死なせ」てしまった。どうして多数の民衆を死なせてしまったのか。それは、国内的な支持をたよりに、その場限りの解放感のために、後先を考えない愚行に出てしまったのは、ひとつの「見識」が欠けていたからだという。それを吉本は、「世界的な視野からじぶんたちの姿を逆にイメージできるような見識」だと記している。

 

たしかにIS(イスラム国)には、明らかにこの「見識」が欠けているのかもしれない。そして「世界」のほうでは、この見識を欠いたISを「野蛮」で「残虐」な「アラブの山賊」あり「残虐」であり、ようするにテロリストだと呼ぶのだが、吉本とともに冷静な目で見つめるならば、それがかつての自分たちの姿の「まぼろし」でもあることを忘れてはならないと思うのだ。

 

思うに、この「見識」を欠いていたかつてのぼくたちの国は、それを自らのものとしようと、戦後、それなりに努力を続けてきたのではなかったのだろうか。それが敗戦の反省の上に国を再建することだったのではないだろうか。しかし、いつのころからか、ぼくたちの国はこの「見識」を得ることだけでは満足できなくなってしまったようだ。

 

それがはっきり形として現れるのは、2003年に始まるイラク戦争のとき多国籍軍自衛隊を派遣した時のことではなかっただろうか。あの時にも24歳の香田証生が誘拐され殺害されている。誘拐グループはアルカイーダを名乗り、香田さんの解放の条件として自衛隊の撤退を要求したが、日本政府がこの要求に応じることはなく、香田さんは殺害されてしまう。この時にぼくたちの国の多くの人々が、アルカイーダを「卑劣なテロリスト」と呼び、この若者の行動に「自己責任」という言葉を浴びせていたことは、まだ記憶に新しい。しかし、もしかすると、この「テロリスト」と「自己責任」という言葉が大きくなるにしたがって、ぼくたちは「じぶんたちの姿」をイメージすることをやめていったのではないかと思うのだ。

 

「自己責任」論によって覆い隠されてしまったのは、24歳の日本人青年の真摯な渇望だ。青年は「たくさんのイラク人がなぜ殺されなくてはいけないのか。なぜ一般のイラク人までが米軍に銃を向ける状況になっているのか」という疑問を抱き、「戦争を知らなければ平和は語れない」という決意とともに紛争地に飛び込んでいったという。その無謀さは責められるべきところがあったにせよ、青年をしてそんな行為に駆り立てたものを考えるとき、少なくともぼくの目には、吉本のいう「世界的な視野からじぶんたちの姿を逆にイメージできるような見識」を求める渇望があったように見えるのだ。

 

そんな香田青年の「渇望」が覆い隠されてゆく一方で、ぼくらの国のほうは「卑劣なテロリスト」に屈しないという掛け声とともに、テロリストのなかに回帰するかつての日本の「まぼろし」に目をつむると、もうひとつの「まぼろし」へと、意識的にか無意識的にか、自らを重ねていったのではないだろうか。封印されたのは、かつてテロリスト国であった日本の「まぼろし」であり、自らを転移させるのは、かつても今もテロリストとの戦いを旗印に力で勝利を収めようとするアメリカの「まぼろし」なのだ。

 

2004年に殺害された香田青年が、平和を語るため知ろうとしたイラク戦争は、2010年8月にその終結が宣言される。ブッシュが始めた戦争の終結を宣言したのはオバマだが、そのオバマは2014年9月10日にシリア領内の「イスラム国」への空爆を開始した。テロリスト国家を叩くために、有志連合を率いて武力を行使するアメリカの姿には、吉本が湾岸戦争のときに見た「ブッシュのアメリカ」と変わるところがない。だから次の吉本の文は、「ブッシュ」を「オバマ」に置き換えても、違和感なく読めるのだ。

 

「ブッシュ(=オバマ)のアメリカは半世紀前から少しも進歩がなかった。世界中どこでも強力な武力を背景に、じぶんの言い分をおしつけ、ままにならなければ冷酷に圧しつぶして主張を通してしまう。このやり方にすこしでもよい見識の部分がなくなってしまったときは、悲惨なことになるとおもう」(『背景の記憶』p.152)

 

かつて、吉本の目の前にブッシュのアメリカを通して現れたかつてのアメリカの「まぼろし」は、今、ぼくたちの目の前にオバマのアメリカを通して現れている。そしてその「まぼろし」に、ぼくたちの国は自らを重ねるように歩みを進めているのだと思う。吉本の分析が正しいとすれば、その「よい見識の部分」がなくなってしまうとき「悲惨なことになる」。それが、どんな悲惨なことになるのか、ここで考えることはやめておこう。リアルポリティークは、その独自のゲームをすでに始めてしまったのだ。それでも、「悲惨なことになる」のを避けるためにできることがあるとすれば、ぼくにはもはや、吉本がアメリカについて指摘している「すこしでもよい見識の部分」に掛け金を置くしかないように思われるのだ。

 

では、吉本は何を「すこしでもよい見識」と言っているのか。吉本の文章からぼくが読み取れるかぎりで、それは「世界的な視野からじぶんたちの姿を逆にイメージできるような見識」なのだと思う。かつての日本も、その「まぼろし」としてのイラクも、この「見識」を持たなかった。しかし、かつてのアメリカも、その「まぼろし」である今のアメリカも、少なくとも少しはこの「見識」を持っていた。それが、吉本の分析なのだと思う。

 

かつてテロリスト国家であった日本は、日本の外部に出て相手の側から自分の姿がテロリストに見えるということが見えていなかった。その時のアメリカは、少なくとも自国の外の国々と連携しながら、世界という視野を持っていた。それが吉本の評価であり、この世界という視野を持ち損ねたものがソ連だと、吉本は指摘するのである。

 

しかし、もしかすると今アメリカは、そのソ連と同じような閉塞的な視野しか持てなくなっているのではないだろうか。アメリカのの中東の有志連合も、ヨーロッパ諸国も、そしてまた日本もまた、実は同じような閉塞的な視野しか持てなくなっているのではないだろうか。

 

問題は、グローバリズムのなかで「世界的な視野」を持つことがどうすれば可能になるのかということだ。果たして、世界がひとつになったかのように見える時、そこから「自分の姿を逆にイメージできる」ような「世界的な視野」を持つことは可能なのか。いったいどこに「自分の姿を逆にイメージできる」ような場所があるというのだろうか。

 

ぼくは思う。香田青年は、そんな場所を渇望してイラクに入ったのではなかったのか。湯川春奈さんにしても、米軍支援の反政府武装勢力に近づいていったのは、あまりにも衝動的で単純な発想からであったにせよ、そこにもやはり同じような渇望が働いていたとは考えられないのか。後藤健二さんが、空爆にさらされる街から子供たちの姿を伝えてくれた映像レポートは、そこから空爆の姿を逆にイメージできる場所を指し示していたのではないのか。

 

これらもまた、「自分の姿を逆にイメージできる」ような「世界的な視野」をもたらせてくれる場所ではないのだろうか。おそらくその場所からは、シャルリ・エブド襲撃事件の背後にヨーロッパで生まれつつある新たなゲットーでの移民たちの悲惨が見えるだろうし、原油安に動く市場の背後でうごめく石油利権の分配をめぐる鵺のような国際政治の現実も見えるだろうし、テロリストたちの掲げる銃やランチャー、空爆に飛び立つ爆撃機にしたり顔で、復讐を誓う人々の怒りの表情にこれからの利益を計算してニンマリする武器商人たちの影までもが見えるようになるはずなのだ。

 

 

背景の記憶 (平凡社ライブラリー)

背景の記憶 (平凡社ライブラリー)