雲の中の散歩のように

Cinema letteratura musica どこまで遠くにゆけるのだろう

祝いのとき

春なので春らしい曲をひとつ。

 

フェルザン・オズペテクの『明日のパスタはアルデンテ』のラストに流れる謡で、Kutlama という。歌うのはオズペテクお気に入りのセゼン・アクス。トルコポップス界の女帝と呼ばれる彼女の声は、葬儀と結婚式、生と死の重なり合うみそのシーンで、まるで祈りのように響き渡る。Kutlama とはトルコ語で「お祝い」の意味らしい。

 

実はこのラストシーン。トップシーンへと回帰しながら、未来へと突き進むという内容で、まさに回想が持つ未来への推進力を表現しているのだ。

 

そのトップシーンを思い出しておこう。そこに降り注ぐ陽光は黄色、じつに南イタリア的。そしてピントのぼけた映像はレッチェの郊外を映し出す。

 

緑の混じった黄色い光のなか、ピントが合うとそこには花嫁が歩いている。花嫁が向かう古ぼけた石の家には、手すりのない石階段が2階へと続いている。その危うい階段を上ってゆく花嫁。扉を開けて入ればそこには若い男。そして花嫁が持ち出すのが拳銃。それを自分の胸に向ける彼女。止める男。そして倒れこむ二人。

 

なんともスリリング。そして、この謎のシーンこそ、この物語の承前であり、見事なフラッシュバックの形で物語のなかに挿入されながら、ついにはラストの言祝ぎの円舞へと連なって、一種の神話的時間を作り出すための仕掛けなのだ。それはまさに、異界との日常の出会いという能を思わせる構造なのだから、いやあ、たまらないね。じつに見事!

 

花嫁のシーンは、愛する人と一緒になれない人生の反復であり、愛せないものを受け入れる愛の曼荼羅図。その花嫁が望む人をあきらめ、望まない人のもとへと嫁いだ、この結婚生活から生まれたのが映画の主人公たち、カントーネ Cantone 家だ。レッチェで世界的なパスタ工場を経営する一家という設定なのだが、その一家を起こしたのが、その花嫁なのだ。それが今やおばあさんとなり、一家の行く末を憂いている( Ilaria Occhini の好演が光る)。彼女は糖尿病をわずらっており、ラストには恍惚として次々とケーキをほおばって自殺する(『向かいの窓』でもケーキが重要な役割を果たすけど、オズペテクはほんとにケーキが好きだね。モレッティみたい)。

 

そしておばあさんの葬儀。そこには、ホモセクシャルをカミングアウトして父に追い出されたアントニオの姿がある。仲違いしていた弟トンマーソと棺を担ぐ。彼を追い出した父の姿もある。レッチェの町を練り歩く葬列で、母はたえきれずアントニオの腕を取る。

父ももはや彼女を止めることはない。

 

そこに、あの冒頭の花嫁があらわれるのだ。それはまさに、死んだおばあさんの亡霊のようだ。彼女は愛するニコラに手を取られ(このニコラと彼女はパスタ工場を立ち上げたのだ!)、自らの棺に並びながら進む先は彼女の墓所、すなわち望まない相手との結婚式だ。しかし、すでに彼女の顔は決然としている。それが運命なら、運命を受け入れよう。花嫁の表情から読み取れるのは、そんな決意にほかならない。

 

まさに、そんなシーンに流れる歌こそが Kutlama 。まるで祈りのように響き渡るその歌声は、残念ながらトルコ語で字幕もついていない。しかし、幸いなことにネットに英訳をみつけたので(http://lyricstranslate.com/en/kutlama-ceremony.html)、そこから意味をとってみようと思う。映画のラストシーンと映像と一緒にご堪能ください。

 

 


Mine VaGanti-Sezen Aksu''Kutlama'' - YouTube

 

 

 

祝いのとき

 

わたしの故郷には もう春が来ているにちがいない

花の房は天まで届き

山々をチューリップが囲み

大地も空も心も 花咲いているのだろう

 

サクランボの実が熟し

「追放」の叫びのなか

水仙の 花の嘴に 落ちて食べられてしまう

そのまえに 春を祝いに駆けつけよう あなたのもとに

 

あなたの腕に抱かれ

人生をやりなおそう

あなたの庭の 花のベッドにまかれる水で

心の底まで 洗い流しに駆けつけよう

 

故郷の通りは 女の子も男の子も

今ごろ遊んでいるのだろう ああ! なんてこと

新しい愛、終わった愛、そして蘇る愛

新しい季節が始まろうとしている わたしたちの命のなか

 

サクランボの実が熟し

「追放」の叫びのなか

水仙の 花の嘴に 落ちて食べられてしまう

そのまえに 春を祝いに駆けつけよう あなたのもとに

 

あなたの腕に抱かれ

人生をやりなおそう

あなたの庭の 花のベッドにまかれる水で

心の底まで 洗い流しに駆けつけよう